氷中花
2
男のマンションに着くと、無理やり風呂に入れられた。
バスタオルとバスローブを渡し、男は無言でリビングに戻っていく。
唯は寒気を改めて自覚して、浴室に入ることを決めた。
(初対面の男の家で何やってるんだろう・・・あたし)
熱いシャワーに何もかもを流してしまいたくて湯量を増やした。
叩きつけられるようで・・今の自分にふさわしい気がした。
もう涙は出ない。
唯にはひどく大きなバスローブを身に纏い、リビングに行くと男はソファで酒を飲んでいた。
髪はタオルで拭っただけなのか、まだ濡れている。
黒いスーツもそのままだ。
上着だけ脱いでソファーに投げられている。
「飲むか?」
唯の姿を見ると、自分の飲みかけのグラスを差し出してそう言う。
褐色の液体はウイスキーか、ブランデーか。
どちらにしても唯には免疫のないものだった。
唯は男の眼をみつめた。
雪の中で見たときと同じ冷たい凍えるような眼差しだ。
今は男の冷たい視線が心地よかった。
優しさなんてもらったら泣き出しそうだったから。
こくんと頷くと、男はグラスを唯に手渡した。
触れた指先は氷のように冷たい。
酒では彼を暖められなかったのだろうか。
「お風呂、入ってください」
「そうだな」
唯の言葉に同意はするものの、男はソファから動かない。
唯を見ているというわけでもなく、どこか遠くに魂を囚われているようだった。
男の部屋は二十四階にあった。
唯はグラスを持ったまま窓際に歩いた。
ベランダにも、街にも、雪が積もっている。
この土地に雪がこんなに降ることは珍しかった。
雪を見ながら唯はグラスの酒を飲んだ。
ウイスキーだったのか、その辛さにむせる。
まだ酒の味を知る年齢ではなかった。
「酒はまだ早かったか。ココアでもいれるか?」
男におよそ不似合いな飲み物の名前を聞いて、唯はふいに口元を緩める。
そしてポロポロと涙をこぼした。
小さな身体の唯が身を屈めるようにして泣く姿は、妙ないじらしさがあった。
男は唯に近づくと、彼女の涙を人差し指で拭った。
「泣けるなら、泣いた方がいい」
低い男の声はひどく優しかった。
視線は相変わらずの冷たさだったが、泣いている唯には見えなかった。
唯は男のワイシャツにしがみつくようにして嗚咽をこらした。
冷えた身体が重なって、少しぬくもりがうまれたようだった。
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