氷中花



男のマンションに着くと、無理やり風呂に入れられた。
バスタオルとバスローブを渡し、男は無言でリビングに戻っていく。
唯は寒気を改めて自覚して、浴室に入ることを決めた。

(初対面の男の家で何やってるんだろう・・・あたし)

熱いシャワーに何もかもを流してしまいたくて湯量を増やした。
叩きつけられるようで・・今の自分にふさわしい気がした。
もう涙は出ない。


唯にはひどく大きなバスローブを身に纏い、リビングに行くと男はソファで酒を飲んでいた。
髪はタオルで拭っただけなのか、まだ濡れている。
黒いスーツもそのままだ。
上着だけ脱いでソファーに投げられている。

「飲むか?」

唯の姿を見ると、自分の飲みかけのグラスを差し出してそう言う。
褐色の液体はウイスキーか、ブランデーか。
どちらにしても唯には免疫のないものだった。
唯は男の眼をみつめた。
雪の中で見たときと同じ冷たい凍えるような眼差しだ。
今は男の冷たい視線が心地よかった。
優しさなんてもらったら泣き出しそうだったから。
こくんと頷くと、男はグラスを唯に手渡した。
触れた指先は氷のように冷たい。
酒では彼を暖められなかったのだろうか。

「お風呂、入ってください」
「そうだな」

唯の言葉に同意はするものの、男はソファから動かない。
唯を見ているというわけでもなく、どこか遠くに魂を囚われているようだった。

男の部屋は二十四階にあった。
唯はグラスを持ったまま窓際に歩いた。
ベランダにも、街にも、雪が積もっている。
この土地に雪がこんなに降ることは珍しかった。
雪を見ながら唯はグラスの酒を飲んだ。
ウイスキーだったのか、その辛さにむせる。
まだ酒の味を知る年齢ではなかった。

「酒はまだ早かったか。ココアでもいれるか?」

男におよそ不似合いな飲み物の名前を聞いて、唯はふいに口元を緩める。
そしてポロポロと涙をこぼした。
小さな身体の唯が身を屈めるようにして泣く姿は、妙ないじらしさがあった。

男は唯に近づくと、彼女の涙を人差し指で拭った。

「泣けるなら、泣いた方がいい」

低い男の声はひどく優しかった。
視線は相変わらずの冷たさだったが、泣いている唯には見えなかった。
唯は男のワイシャツにしがみつくようにして嗚咽をこらした。
冷えた身体が重なって、少しぬくもりがうまれたようだった。



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あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


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