氷中花



その背中はひどく寂しそうだった。
何度か会っただけの男なのに、その印象は明瞭だ。
彼は全身で冷たく凍てついた吹雪く世界を思わせた。
だが唯は今その背中を見て、
彼が望んでその世界にいるのではないのかもしれないと思った。
たった一人の世界にいるかのように川面に何かを見ているようだった。
声をかけようか少し迷って、結局何もいえないまま近づいた。
川辺を歩く砂利の音に気づいたのか男は振り向く。
美しい顔が強張っていた。

(自分で呼び出しておいてどうして?)

唯は困惑しながらも会釈した。

「眼鏡、受け取りに来ました」

唯の言葉に男は頷くと、静かに唯に近づいた。
太陽に反射して男の眼鏡が光っていた。
表情はわからない。

「少し付き合え」

男はまた唯の腕を強引に取ると、そのまま歩き出した。

「私、あなたの部屋には行きません」

先日よりやや冷静に対応できたものの、男は冷ややかに笑った。

「あのときは特別だ。俺は部屋に女は入れない」

あの日、男は喪服を着ていた。
特別というのはやはり何かあったのだろう。
唯は納得するものを感じながらもそれ以上何も言えなくなってしまい、
男の車に乗せられた。
広いシートは快適だが高級な雰囲気が唯を萎縮させた。
助手席で唯は男を見上げる。

「あの学校の先生なんですか」

無言に堪えられなくなり聞きたかった言葉がこぼれた。

「そうだ。世界史担当」

男は信号待ちで煙草に火をつけた。
パーラメントの青いパッケージが胸ポケットから覗いていた。
唯は煙草が苦手だったけれど、この匂いはどこか懐かしい気がした。
煙草を扱う男の少しごつごつした細い指を綺麗だと思った。

車は一時間半ほど走って横浜のほうに出たようだった。
雰囲気の良さそうな隠れ家風ショップの前に横付けすると、
男は車から降りて助手席側のドアを開けた。
銜え煙草のまま唯の手をとり店に入った。

「いらっしゃいませ」

黒髪の美しい店員が出迎え、男の顔を見るとにっこり微笑んだ。

「各務様、お久しぶりでございます。本日は?」
「この子を頼む」

男が握っていた唯の手をそっとあげると、店員は丁寧にお辞儀をした。

「かしこまりました」
「ニ時間後に迎えに来る」

それだけ言うと男は唯の手を離して店を出て行った。
唯は呆然とするばかりだった。






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あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


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