氷中花
10


「こちらにどうぞ」

店員に案内されて店の奥に入る。
カフェとセレクトショップを併設したような表側と違い、
扉をひとつ開くと重厚なアンティーク家具の置かれた広い部屋と
壁面の片側が全て鏡になったスタジオとエステサロンが在った。
店員が二人待機していたようで唯の姿を見ると「いらっしゃいませ」と一礼した。

「各務様のお連れさまです。お名前は?」
「斎藤唯です」
「では唯様、サイズを測らせていただきますのでこちらへ」

各務の考えはわからなかったが、成り行きに任せるしかないかと
唯はあきらめのため息を漏らした。
何より場違いなこの場所で発言する事が唯には大きな壁になっていた。
担当者が唯のサイズを測っている間に案内してくれた女性は
ドレスを物色していくつか持ってきた。
そして空色のドレスと黒いドレスを試着させた。
どちらも唯によく似合っていたが、唯自身は正装に不慣れなため困惑続きだった。

「よくお似合いですね。どちらがお好みですか」
「・・・ではこちらを」

迷った末に空色のドレスを選んだ。
胸元の開き加減が気になったが、半袖のパフスリーブが愛らしいドレスだ。
裾はシフォン素材が幾重にも重なり、ふわふわと舞うようになっていた。
状況はともかく、こんな服を着る機会はないのでドキドキしていた。

それからエステコーナーで丁寧に手入れしてもらい肌がピカピカになったところで、
手と足両方の爪にネイルアートしてもらった。
指先に花が咲いたようでいつもより綺麗になった気がした。
伸ばしっぱなしだったストレートヘアは綺麗にトップをまとめられ、裾は内巻にしてくれた。
段階を踏んでどんどん変身していくようで唯はただただ圧倒されるばかりだった。

「お肌が綺麗だからお化粧は薄付きのほうがいいかもしれませんね」

鏡越しに担当者がにっこり微笑んでくれた。
眼鏡をかけた冴えないちっぽけな女の子はそこにはいなかった。

ドレスに合うビーズを散りばめた愛らしいパーティバッグと踵の高い靴。
全てを整えられる頃、各務が再び訪れた。

「唯様、各務様がいらっしゃいました」

美しく変わった唯に目を細めると、各務は手に持っていた箱を開けて
中から何かを取り出した。

「仕上げだ」

唯の背後に回ると各務は腕を寄せた。
ドレスの開いた胸元に輝くリボンの形をしたネックレスが置かれる。
ダイヤモンドが散りばめられているようでそれはキラキラと輝いていた。
そして唯の左手をすっと持ち上げると、そっと薬指にはめられる指輪。
プラチナ台に一粒石のダイヤモンド。

「これ・・・」
「石は本物だ。なくすなよ」

各務の意図がわからなくて唯の困惑はさらに深まる。
表情からは相変わらず読むこともできない。
唯の手をそっと掲げ手の甲に口付けると各務は冷たい笑みを浮かべた。

「よく似合ってる」

唯は心拍数が上がるのを止められなかった。
好きなわけじゃないのに。
なんでこんなにドキドキしてしまうんだろう。
各務の眼差しに魂を射抜かれたように唯は自分の心がわからなくなっていた。






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あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


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