氷中花
15


唯が家の前に着いたのは十二時をまわっていた。
両親はもうとっくに寝ているはずだ。
携帯メールで連絡はいれてあったが、顔をあわせれば小言が出そうで憂鬱になる。
家の少し手前に車を止められた。
小さくため息をつくと隣から冷たい視線が降り注ぐ。

「何度目だ、それ」
「すみません」

着替えて唯はもとの私服姿に戻っていた。
各務から贈られたドレスや小物は大きな紙袋に入れられているようだ。
車の後部座席に積まれている。

「メガネ、返してください」
「こんなものかけても意味ないぞ」
「いいんです」

自分のかけている眼鏡のことは棚上げして各務はそう言いながらも唯に眼鏡を手渡した。
唯は慌ててそれをかける。
視界がはっきりしてほっとしたように息を吐いた。

「それじゃ、帰ります」

助手席から降りようとする唯を見て、各務は後ろの荷物を指差した。

「どうする?」
「いりません。着て行く場所もありませんし」
「似合っていたのに」

各務の言葉にぽっと頬が熱くなるのを感じて、闇夜でこの赤面を気づかれないことにほっとした。
これ以上唯は各務に弱いところを見せたくなかった。
運転席側に周るとぺこりと会釈して「おやすみなさい」とだけ言うと、各務に背を向けた。

「あ。ちょっとまて」

各務が運転席の窓を開ける。
唯は振り返ると各務が何かを言った。
聞こえなくて顔を窓に近づけると首の後ろに腕を回され。そのまま口付けられた。
唇はやさしく触れ、すぐに離された。
軽いキス。

「忘れ物だ」

呆然とする唯の手に何かを握らせ「おやすみ」とだけ呟くと、各務は車を発進させた。

(こんな・・・恋人みたいなことして莫迦みたい)

唯は唇にそっと人差し指で触れた。
別れ際にこんなやさしいキスをするなんて。
なんとなく反則だと思った。
唇が離れたときにさみしいと思ったのも錯覚だと思いたかった。

なるべく音をたてないように玄関の扉をあけると、
みんな寝ているのか部屋の電気はついていなかった。
そっと二階の自室に上がろうとするとパジャマ姿の望月和輝にすれ違った。
トイレから自室に戻るところだったのかもしれない。

「おかえり」
「ただいま」

声をひそめてくれた和輝にあわせるように唯もこえをひそめて言った。
気まずさもあって早く部屋に入りたかった。

「ずいぶん遅かったんだね。誰と会ってたの?」
「・・・言いません」

唯の反抗的な言葉に和輝は眉をしかめた。

「俺には言えない相手とこんな時間まで一緒だったの?」

唯の手首をぎゅっと握る和輝に唯は鼓動が早まるのを感じて慌てて振り払った。

「和輝さんには関係ないです」
「唯」
「お義兄さんにそんなこと報告する必要なんてないでしょう」
「・・・」

唯はそのまま自分の部屋にバタバタと入って急いで扉を閉めた。
扉を背にそのまましゃがみこむ。
和輝に握られた腕をそっと持ち上げた。
心臓のバクバクはおさまる様子がなかった。
そのとき、いまさらながらのように手に握っていたものに気がついた。
先ほど各務に渡されたものだが道が暗くて見てもいなかった。
這うようにベッドサイドのライトをつけると手を開いた。

リングがひとつ。
あのときのダイヤモンドのリングだった。

(なんでこんなものを)

和輝に腕を握られただけでこんなにも動揺しているのに、
あの男にも惹かれはじめていることを唯は認めたくなかった。
夜が明ける日がくるのか、唯にはもうわからなかった。






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