氷中花
18


終礼で担任の望月が教室を見回したときに空席に気づいたのはすぐのことだ。
日頃から必要以上に気を使って見守る席。
斎藤唯の不在は望月に動揺をもたらしたが表面に出すほど若くもなかった。

「斎藤は?」

望月の問いかけに教室がざわめく。
クラス委員の真行寺麻耶が挙手した。

「斎藤さんは昼休みに体調不良で早退しました」
「そうか、朝は元気そうだったけど・・・大丈夫かな」

何もないような顔で望月は黒板に連絡事項を書いた。

「斎藤さんを送って行ったのって各務先生らしいよ」
「まじで?あの女なんなの。さっきも手伝い・・」

ひそひそと話す声が背後からざわめきのなかに混ざって届く。
それは望月の胸になぜか嫌な予感を伴わせた。

(昼休み・・各務先生と一緒にいた?)

あの鍵のかかった準備室に唯もいたのか。
いや、そんなはずはない。
ないと思いたかった。

「望月せんせー。たまには一緒にお茶してよぉ」
「ばーか。俺はこれから部活」

望月は終礼を終えると甘ったるい声でじゃれる女生徒をはぐらかして足早に職員室に戻った。
毎日活動のあるバスケ部顧問という立場をはじめて恨めしく思った。





「ん・・・」

頬に触れるぬくもりに手を伸ばす。

「起きたか」

唯は低い冷めた声にびくりと身を震わす。
各務の腕の中で眠ってしまっていたようだ。
白衣の上からはわからない各務の引き締まった身体をあの夜から唯は知っていた。
身を起こそうとすると各務の腕に止められ、抱きすくめられた。

「おまえは・・小さいな」

唯の耳元でくすぐるような声が漏れた。
唯はその声にドキンとしてしまう。

(誰かとくらべてる?おまえはって・・・。)

唯は各務の顔を見上げた。

「あなたは、教師なのに」

各務は皮肉気な笑みを浮かべる。
そんな顔でも美しいのが嫌味だと唯は思った。

「あの雪の中、おまえを拾った。俺にはそれがすべてだ」
「拾ったって・・私は猫の子なんかじゃ」

唯の抗議は各務の唇に塞がれる。
この人は都合の悪い事はみんなこれでごまかしているんじゃないかと唯は各務を睨みつけた。
各務はそんな唯を楽しそうな顔で見つめる。

各務の指が唯のまだ余韻の残った花芯に触れる。

「あぁっ」
「猫の子はこんな声で啼かないからな」

各務の意地悪に唯は赤面しながらきゅっと目を閉じる。

(このひとは本当になんて意地悪なんだろう)

それなのに、前より近い気がしてしまうのはなぜだろう。
何を考えているかもわからないのに。
触れるぬくもりだけが唯には確かなもののように感じられた。






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