氷中花
19


唯が家に送り届けられたのは夕方四時過ぎのことだ。
和輝はまだ部活動の時間だというのが救いだった。
あの準備室でのことを思うと気づかれていないとはいえ怪しまれることは避けたかった。
早退していなければこの時間に帰るのは普通のことなので
唯は何事もなかったかのように家に入った。

「ただいま」
「おかえりなさい」

姉の芽衣がリビングから声をかけた。
テレビを見ているようで、廊下まで音が響いていた。
唯はリビングには寄らずにそのまま自分の部屋にあがる。
学校からホテルに行く途中先日の店に寄って換えの下着を買ってもらっていたが、
やはりどこか落ち着かないものだ。
唯ははき慣れた下着と部屋着を持つと一階へ降り、バスルームでシャワーを浴びた。
鏡に映る身体に各務の跡をみつけてドキッとする。


各務の指は初めてのときに比べてずっと優しくなっていた。
その視線の冷たさは相変わらずだったけれど。
何をあんなに拒絶しているんだろう、と思う。
何かを恐れるように、何かから逃げるように。
きつい瞳の奥に救いを探しているような何かがあるような気がしてならなかった。

各務が今日唯を抱いたときに誰かと比較したのは記憶に新しかった。

(私は誰かの代わりなんだろうか)

唯はそう思うと胸が痛むのを感じた。
どうして?私だって和輝を忘れるために抱かれたんだから同じなのに。
なのに・・どうしてそのことがこんなに気になるんだろう。
もともと女性にはモテる人が気紛れで一緒にいるだけなのに。
わかっていたはずなのに。

シャワーの降り注ぐような湯の中で、唯は自問自答を続けた。
身体に刻まれた跡がやけにせつなかった。


バスルームを出て部屋へ戻る途中、背後から和輝に声をかけられて唯はドキッとした。

「おかえりなさい」

振り返ると和輝の心配そうな顔が見えた。
和輝は唯の両頬に触れると「体調はよくなった?」と聞いた。
唯は和輝に触れられるとは思っていなかったのでびくっと大きく身体を反らせ、
和輝は慌てて両手を離した。

「ごめん」
「・・・心配いりません。大丈夫ですから」

唯の必要以上によそよそしい言い方に和輝は傷ついたような表情を浮かべたが、
唯はそのまま自分の部屋へと足早に入っていった。
必要以上に和輝の側にいると昼休みのことを思い出して赤面してしまいそうで、
それ以上一緒にはいられなかった。

あのことは和輝には知られるわけには行かない。
・・・だけど。
もし和輝がそれを知ったら、和輝は自分を軽蔑するだろう。
そしてその突き放された目を見ることで今度こそ自分は和輝を諦められるかもしれない。
唯はそんな未来を想像して蒼ざめた。


ベッドに潜り、胎児の様に丸くなる。



『和輝さんはどんな女の人が好き?』
『うーん。俺は一途な子が好きかな』
『一途ってずっと誰かを想ってるってことだよね?それだけでいいの?』
『誰かを想い続けるっていうのは簡単そうに見えてそうでもないよ』
『そうかな?それなら私だってできそうだよ』
『ずっと想っていられる?』
『・・・うん』

そのまま言葉なく見つめあったあの日。
触れそうで触れなかった唇。
二人の時間が止まっていた。

想い続けても適わなかった思い。
零れ落ちる涙はシーツがみんな吸い取ってくれるから、安心してコッソリ泣ける。
唯は誰かの一番になれなかった自分に絶望しそうだった。
和輝も、各務も唯を本当には見てくれていないと思った。

(私、ひとりぼっちだよ)

涙で悲しみが流れてくれたらどんなにいいだろう。
この孤独感が癒されたらどんなに。
でも唯はその涙の海で夢を見ることしかできない。
いつか、だれか唯が一番だよと言ってくれる日を。





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