氷中花
24


各務にとって自分は他の生徒とは違う特別な存在なんじゃないかと
どこか驕る気持ちがあったことを唯は初めて自覚した。
そしてそれは思い込みに過ぎないことに気づかされた瞬間だった。

自分は何も知らない。
彼の本当の名前の呼び名さえ。

唯はそれ以上自分の知らない各務を知らされるのが怖くなった。

「わたし・・戻ります」

梨花に背を向けて歩き出した唯に「待って」と声をかけると
慌てたように梨花は唯に名刺を渡した。

「何かあったら、ここに連絡して」

梨花の言葉にぺこりと会釈すると唯は各務の待つ席へと早足で戻った。
名刺を受け取った手が小さく震えていた。


各務の背中をみつけて小さく息を吸うと白いジャケットのポケットに名刺を入れて席に戻った。
各務はグラスをうつむき加減で傾けていた。
ワインがまわっているのか目元がうっすら赤くなっていた。
酒に強いという印象があったので少し唯にとっては意外だった。
それだけ梨花に会ったことは各務の計算外だったということだろうか。
長い睫毛の落ちる影がより一層各務を物憂げに見せた。

「お待たせしました」

唯の言葉にふと顔を上げると各務は苦笑を浮かべた。
いつもの美しさに酔いが色気を付加しているようだった。

「飲みすぎた」
「・・・そうみたいですね」
「そんな顔をしないでも運転は代行させるから心配いらない」

沈んだ雰囲気の唯を誤解して各務が気遣った。
唯は各務の誤解にほっとしつつも彼と目を合わせるのが怖かった。
聞きたいことがたくさんあって、でもそれを確認したら何かが壊れてしまう予感がしていた。

「帰るか」

各務の合図に気づいた店の者がサインを受け取ると各務は席を立ち、
立とうとしていた唯の腕を掴んだ。

「行くぞ」

掴まれた腕にドキドキと鼓動を早めながら唯は共に店を出た。
各務の車を店のものが運転するらしく二人は後部座席に座った。
車の中でも各務は握ったまま手を離さなかった。
表情はいつもと同じ冷たいままだったが唯はなぜかその横顔をせつなく思った。




別荘の灯りはついていたものの中は無人のようだった。
各務が鍵を開ける。
メイドだと思った人はどうしたのか気になって唯は聞いてみた。

「さっきのかたは?」
「通いの使用人だ。今日はもう帰ってもらった」

では今夜はこの屋敷内に各務と二人きりなのかと唯はどきっとした。
各務は唯の腕を掴んだまま二階へあがった。
食事前に寄ったのと同じ部屋に入り、やっと掴んでいた手を離された。
解放されてほっとする余裕はなかった。
そのままベッドに押し倒されてしまう。
唯の上に覆いかぶさるような姿勢で各務はくちづけた。
先ほどのワインの芳香がふわっと舞った。
舌がゆっくりと唯の中にやってくる。
唯はその舌を待っていた自分に気づきかっと身体が熱くなる。
そっと両手を各務の背中にまわす。
この人を失うのが怖いと初めて思った。



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あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


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