氷中花
25


重なる唇も、触れ合うこの身も、せつなげな眼差しも、
誰のために在るのだろうと抱かれながら唯は思った。
学校では氷の王子とまで呼ばれる誰にも冷たく接する各務が
自分にだけときおり優しいまなざしを向ける。
唯はそれを自分の向こうに誰かを見ているんだと気がついていた。

(一美さんって誰ですか?)

胸の奥に小さな棘が刺さっている。
聞きたくて、でも聞くのが怖くてその言葉は唯の中でくすぶっている。

「あ・・んん・・あぁっ」

各務の挿ってくる感覚に全身が震える。
熱いのは身体だけじゃなく気持ちもだと唯は気がついた。
自分が和輝を忘れたいと思ったように、各務もまた誰かを忘れようとしていたんだと。
誰にも冷たく見える各務が強く誰かを思っている。
がむしゃらになって誰かを抱かずにはいられないほど。
その想いの強さを想像すると唯はたまらなくなった。

「どうして、泣く」

各務が一瞬動きを止めた。
唯の眼鏡をはずしベッドサイドに置くと、唯の眼から溢れる涙をくちづけが拾う。
涙は止まらない。
正面から抱きしめられ、より深く繋がる。
漏れそうになる声を我慢して唯はきゅっと目を閉じる。

「唯?」

そんなやさしい声で呼ばないで、と唯は胸が痛くなった。
やさしい各務は反則だと思った。
もうあなたの名前を呼ぶのもつらいのに。
なんて呼んだらいいのかもわからなくなってしまったのに。
身体の奥でつながっているはずなのに、心はこんなにも遠い。
各務の抱きしめてくれる腕のぬくもりが一層唯を辛くさせた。

「先生・・・」

どちらの名前で呼ぶべきか決められなかったから。
唯は各務をもうそう呼ぶしかなかった。
各務も唯の気持ちに気づいたのかいつものように名前を呼ぶことを強要しない。
目を合わせ再びやさしい口付けを交わすと、各務は唯と繋がるその身を動かした。
美しい眼差しがせつなげに震える。

「もう、泣くな」
「あ・・あぁ・・せんせ・・」

涙の止まらない唯はしがみつくように各務の背に手を伸ばした。
深い快感の中でも唯は胸の奥に棘が刺さるちくちくとした痛みを感じ続けた。

私を見てほしいと、そういえたらどんなにいいだろう。
でも和輝を忘れられない自分にはそんなこと言う資格もないと唯は思った。
唯は会ったこともないその人に嫉妬していた。
この冷たい眼差しを持つ人が熱く想うのはどんな人なのだろうと気になった。

だが、やがて追い詰められる身体は唯に考えさせる力を失わせる。
もう感覚を追うだけの塊になって。

「あっ・・あっ・・もう・・」
「唯」

白くスパークする光の中で、唯は強く抱きしめられた。



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