氷中花
29


くしゅんと静かな建物内に響くくしゃみに、音を発した張本人がどきりとしていた。
先ほどの寒気は冬夜の言動によるものだけではなかったのかもしれない。
室内に戻った今も寒気は続いていた。
一樹は唯をじろりと睨むと急に唯を抱えあげてバスルームに向かった。

唯を着衣のまま広い湯船に落とすとにやりと笑う。
その笑みはちょっと意地悪な一樹を連想させるもので唯は嫌な予感がした。

「朝からずいぶん勝手なマネをしてくれたな」

そう言いながら一樹は自分の衣服を脱ぎ捨てると唯のつかる湯船に入ってきた。
湯温はちょうどいい。
事前に一樹が温度調整しておいたのかもしれない。
一樹は湯船の中、唯のワンピースのファスナーをゆっくり降ろした。
唯は一樹のほうを振り向く勇気がなく前にあるバスルームの壁のほうを向いたままだ。
ワンピースの袖をおろされるが湯のせいで肌にはりついてなかなか脱げない。

「あの・・自分で・・」
「いいからそのまま温まっていろ」

唯の言葉を遮ると一樹は湯の抵抗と戦いながらなんとか唯のワンピースを脱がせた。
その間身体を動かして脱がせやすくしようと唯が気を使ったことはいうまでもない。
ブラのホックをはずされ、ふっと楽になると同時に唯は急に羞恥心がわきあがってきた。
胸元を隠そうとする唯に無駄だというように一樹は唯の身にまとう全てを剥ぎ取った。
浴室の床に濡れたまだ新しい衣服が放られる。

一樹が唯の背後から手を伸ばし唯の胸を覆った。
触れられただけなのに唯はどきんと胸が高鳴るのを感じた。
そしてそれが一樹に気づかれないようにと祈るしかなかった。
やや節ばった細い指だった。
爪の形はすっと伸びていて短く切られているのに美しい。
唯の視線に在る一樹はその指だけで、それなのに唯は一樹の全身を感じずにはいられなかった。
ぐいと引き寄せられ、唯の身体の両サイドに一樹の足が伸びる。
抱えられるような姿勢で唯はかぁっと熱くなった。
お尻の辺りに当る一樹の熱いものが感じられたからだ。

「先生・・・」

一樹はただ触れているだけなのに、自分の身体が熱をもっていくことを唯は恥ずかしく思った。
指の先に触れている部分がいつのまにか硬くなっていく。
一樹は唯の顔を見ずにそのまま首元に顔を埋める。

「さっき名前を呼んだろう」

悲鳴をあげたときについ出てしまった名前だと唯は気がついた。
あのとき自分は誰を呼んだのだろう。
それは和輝なのか、一樹なのか。
唯自身にも自覚がなかった。

「おまえのカズキはもう俺だけにしろ」

一樹の言葉に唯は胸が痛んだ。
そして思いがけず冷たい言葉が出た。

「あなたの中の一美さんが消えるなら」

口走った言葉は唯らしくないものだった。
これが嫉妬からくるものなのか、不安からくるものなのか唯自身にもわからなかったが
自分が和輝を忘れるのに一樹の胸に別の人間が居続けるのはフェアじゃないように感じた。
一樹は唯の首元に顔を埋めたまま少しの間動かなかった。
彼の心臓の音が触れ合う肌ごしに唯に伝わってきた。


一樹は唯の首元に強くくちづけた。
その強さは痛みを感じるほどで唯は僅かに身を捩った。

「俺の胸に棲むのがおまえだけなら」

しばらく言葉がとまった。
唯はじっと待っている。

「俺もお前も救われるんだろうか」

唯はそのまま黙ってしまった一樹の顔を見ることができなかったけれど
彼が泣いているんじゃないかと思った。
微かに震えるその身体を抱きしめてあげたいと思った。





小説目次    NEXT  


*** ひとことご感想いただけると嬉しいです ***

お名前

ひとことメッセージ


読まれた作品は?
あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


                                   Powered by FormMailer.

長文・返事ご希望の方はこちらへ >>> MAIL

inserted by FC2 system