氷中花
32


あの日から二ヶ月近く経った。日差しが暑い。
軽く汗ばむ身を煩わしく思いながら唯は部屋の窓を開け、網戸だけ閉めてベッドに戻った。
寝転んだままの姿勢で唯は左手を目の前にかざす。
不似合いなくらい大きな石が指輪の中央で朝陽を浴びて光っている。
彼にはめなおしてもらった指輪は唯の宝物になった。
学校では隠さなくてはならないが、今この自分の部屋では
自分が一樹の恋人になったとその石に認めてもらったような気持ちになれた。
教師と生徒という間柄はそのままに週末だけ恋人になる一樹を唯はせつなく思う。

会えない日々は唯の中でもどかしい時間になった。
学校内ですれ違うと無視されたように感じて胸が痛み、
女生徒の一樹に対する嬌声にヤキモチを妬き
彼を独占したい気持ちでいっぱいになってしまう。
それでいて二人でいるときには気持ちをうまく言葉にできずにいた。

もっと会いたい。
もっと触れ合いたい。
もっとあなたが知りたい。

そう思う気持ちと反比例して距離を感じるようになっていた。
自分がこんなに貪欲な人間なんだと初めて知った。

和輝と姉の芽衣が仲睦まじく過ごす様子を見て今でもときおり胸が痛むが
以前ほどではなく姉の幸せを祈れるほどには落ち着いていた。
このまま何ごともなく時間が過ぎれば自分はきっと和輝を忘れて一樹だけを思うようになるだろうと
そんな予感があった。

「唯、そろそろ起きないと時間よ」

一階から母親の声が響く。
「はーい」と間延びした返事を返して唯は身を起こした。
指輪をネックレスのチェーンに通し制服に着替えて洗面所へ行く。
和輝が同居するまでは気軽にパジャマでうろうろしていたがさすがにそれはできなくなった。
リビングの扉を開けると珍しく姉の姿が見えない。

「あれ?おねえちゃんは?」

ふ、と両親が目を合わせる違和感。

「芽衣は風邪ひいたみたいで寝ているのよ」
「そう、珍しいね」

違和感は気のせいだろうか。
リビングの主のように常にいる芽衣の不在は落ち着かないと唯は思った。

「それより唯、最近外泊が多いんじゃないの?」

急に矛先が自分に向いて唯は慌てたように俯いた。

「友達と一緒に勉強したりしているから」

外泊の理由を姉に話したことはなかったがいつも適当にごまかしてくれているようだった。
そのことに安心してしまっていたので急に問われるとぼろがでそうで焦ってしまう。

「そう。毎週じゃ申し訳ないし今度お菓子でも持っていきなさい」
「・・うん」

自宅に呼べと言われないだけましと思うべきか。
以前から他人を家に入れたがらない両親だったが
今は和輝のこともあるのでなおさら唯には都合が良かった。
あまり突っ込まれないうちに退却する事にした。
勢いよく飲み込むと席をたち、二階に鞄を取りに上がった。
ついでに姉の部屋を二回ノックして開ける。
和輝はまだ食事中だから安心して開けられた。
ベッドで芽衣が眠っている。

「おねえちゃん」

小さく声をかけると目を閉じていただけだったのかすぐに芽衣は目を開けて扉の方を見た。

「唯」
「風邪だって?熱あるの?」
「うん、微熱なんだけどね」

芽衣は儚げな様子で笑みを浮かべた。
もともと色白だったが部屋の照明のせいかひどく青白く見えた。

「帰りになにか買ってこようか?」
「うーん、じゃあアイス食べたい。バニラの」
「ハーゲンダッツ?」
「そう、それそれ。千円抜いていっていいよ。残りはおこずかいで」
「やったー」

斉藤家の両親は共働きで家事は普段芽衣がすべてやっているため
食費なども芽衣が管理していた。
食費袋から千円をもらうと「いってきます」と唯は扉を静かに閉めた。



小説目次    NEXT  


*** ひとことご感想いただけると嬉しいです ***

お名前

ひとことメッセージ


読まれた作品は?
あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


                                   Powered by FormMailer.

長文・返事ご希望の方はこちらへ >>> MAIL

inserted by FC2 system