氷中花
33


世界史の授業の終わりに学内で久しぶりに唯は一樹から声をかけられた。

「斎藤、資料運ぶの手伝って」
「はい」

付き合い始めてから学校内ではばれないように特に気をつかっているのかと思ったが
一樹にそんな気はなかったのかもしれない。
呼ばれた唯のほうは周囲の目を気にして俯いてしまっていた。
授業で使ったスライド原稿を持たされ、共に世界史準備室に入る。
入口で一樹が電気をつけた。
今日も誰もいない。

「前から聞こうと思っていたんですが、ここってほかに使う先生いないんですか?」

当然のように扉に鍵をかけて奥に機械を運ぶ一樹はふっと笑みを浮かべた。

「前はもう一人いたんで共用だったが、今選択で世界史は人気ないからな。俺だけだ」

受験科目重視の選択だから覚える事と範囲の広い世界史に人が集まらないのは
仕方ないことのようにも思えた。
今世界史選択で”氷の王子様ファン”以外の純粋に世界史を目的に選んだ生徒が
数えるほどなのは学内でも周知のことだろう。

「来い」

椅子に座った一樹の上にまたがるように唯は座らせられた。
どうしても脚を開く姿勢になってしまい恥ずかしさに頬を染めた。

「一人の方が都合がいい。こういうこともできるしな」

唯のあごをそっと人差し指でもちあげるとちゅっと軽く音をたててキスをした。
自分の前でだけ最近見せてくれる優しい眼差しに唯はうっとりと魅入った。
両手を一樹の首元に回し抱きしめる。

「一樹さん・・・」

甘やかなくちづけを繰り返すうちに身体の奥が熱をもちはじめる。
唯のスカートの下に大きくなる一樹を感じてどきっとしてしまう。

「これ以上は、まずいか。俺はこの後空きだがお前は授業だろう」

予鈴のチャイムが鳴るまであと五分ほどしかない。
こんなに愛しくせつなげな眼差しを見て止められる人がいるんだろうかと唯は思った。
だきしめる腕をさらに強くして唯は一樹にしがみつくようにくっついた。

「いい・・・」
「ん?」
「授業より、あなたがいい・・・」

一樹の白衣の胸に顔を埋めて唯の表情が見えなかったが一樹の鼓動が早まったようだ。

「殺し文句だな、それ」

一樹は白衣の下のネクタイを緩めながら唯の首下に強くくちづけた。
その刺激に唯が身震いする。

「責任とってもらうぞ」

一樹の言葉に唯はただうなずくしかなかった。
汚れないように先に制服も下着も脱がされ、身体中にキスの雨が降る。
いつのまにか一樹の指に、唇に反応するようにこの身体は変えられてしまっていた。
抑えるのに必死でときどき声を漏らしてしまうと一樹が唇で塞いでくれた。
校舎に予鈴が響き渡る。
だが唯も一樹も違う世界にいるようだった。

唯の手が一樹のものにそっと触れる。
拙いタッチが逆に一樹を煽っているようだ。

「唯・・・」

低く擦れた声は唯をぞくぞくさせてくれる。

「俺が、欲しい?」

色っぽい眼差しで問われ、真っ赤になって唯がうなずく。
その顔を見て満足そうに一樹は微笑んだ。
もうすっかり準備の整ったそこに深く挿し込まれる。

「あぁ・・ん・」

唯の声が我慢しきれずこぼれてしまう。

「唯、誰かに聞かれたら困る」
「だって・・・んっ」

両手で口を塞いで必死に耐えようとする唯の奥に何度も何度も
一樹はその身を沈めた。
胸元でチェーンに通されたリングがキラキラと輝いている。
手のひらの下のくぐもった声とぴちゃぴちゃという音だけが準備室の中に響いた。

身体を重ねることになにか意味なんてあるんだろうかと思ったこともある。
だが、唯は今は知っていた。
愛しい人に抱かれることでどんなに幸せな気持ちになれるかということを。
ちっぽけな自分すら大切に思えるほどに。

終わって一樹が身支度を整えた後もしばらく唯は動けなかった。
シーツ代わりに使った一樹の白衣にくるまっている。

「着せてやろうか」

窓際で煙草を吸いながら言う一樹の声に赤い顔で首を振った。
まだ荒い息がおさまらなかったがそれを一樹に知られるのは恥ずかしかった。

そこに携帯のバイブ音が響く。
唯のスカートに入ったままで机にあたるような音がした。

(授業中のはずなのに誰が?)

白衣にくるまったまま唯は携帯を手に取った。
同じクラスの真行寺麻耶からだ。
何も言わずに授業をさぼっているのだから
クラス委員の彼女は捜すように言われたのかもしれない。
慌てて通話ボタンを押すとひそひそとした話し方で麻耶の声が聞こえた。

「唯、今どこにいるの?」
「ごめんね、現国は今日さぼろうかと」
「現国は先生も今日休みだから大丈夫だけど、
自習の連絡に来た望月先生が唯がいないのに気づいて」
「え?」

世界史準備室の扉がガタガタと大きな音をたてた。
それから鍵のまわる音も。
一樹と唯の視線が扉に固まる。
乱暴な音をたてて、扉がひらかれた。
その向こうには望月和輝の呆然としたような姿が在った。



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