氷中花
39


何度その身を重ね、意識を失ったのかはわからない。
ここでの時間の殆どをベッドで過ごしてしまったようだ。
時間の感覚も既になかったが窓の外が明るくなっているのを見ると朝になったんだろう。
唯が気がついたとき、一樹はまだ唯の中に挿入ったままだった。
その事実に頬を染めながらも唯は愛しい人と言葉どおりの一体感を嬉しく思った。
眠る一樹の胸にこっそりキスを落とすと自分の中にあるものが僅かに大きくなった気がした。

「お・・起きていたんですか?!」

驚いて身を起こす。
小さな声で起きていなかったらという可能性も考慮して言ってみたが無用のようだ。
目を閉じたまま一樹の腕が離れた唯を強く抱き寄せる。

「一樹さん?」
「寝てる・・・」
「起きてるじゃないですか」
「寝てる。お前が起こすか?」
「え?」

一樹の口元に意地悪な笑みが浮かぶ。

「さっきみたいに俺を感じさせて」

唯の顔が真っ赤に染まる。

「あ・・あれはそういうのじゃなくて」

目を反らそうとする唯の顔を無理やり自分に向けると一樹はうっとりするような顔で微笑んだ。

「お前のキスは俺にとって最高のスパイスだよ」

その顔に唯は見惚れてしまう。
誰がこの人を氷の王子なんて最初に呼んだんだろうと思った。
あの冷たいオーラは唯の前でだけはすっかりなくなってしまっていた。
花が咲いたように笑う、その美しさに唯はうっとりするばかりだ。

「ずっとこのままだったんですか」
「ずっと離れてない、俺がそうしたかった。悪いか?」

唯は横に首を振って応える。
このまま永遠に時が止まればいいのにとさえ思う。
唯の応えに満足したように一樹が唇に軽くキスする。
二度三度と繰り返すうちにきりがないと思ったのか急にまじめな顔になった。

「まぁ、そうはいっても今日は帰るからそろそろ起きないとな」

唯の頬にもう一度だけ軽いキスをすると一樹は身を起こした。
抜けるその感覚に喪失感という言葉を唯は思い出した。
胸の奥が痛んだ。
もし自分の半身というものが在るならこの人なのかもしれないと思った。
そして貪欲な自分を恥じた。

自分を見てほしい。
自分だけをみてほしい。
そして自分を望んでほしい。

欲望は果てしない。
どこかでセーブをかけなければ危険だと唯の中のシグナルが教えていた。
彼を失ったら自分が壊れてしまうんじゃないかという危惧さえ浮かぶ。


「唯」

呼ばれてベッドから顔だけ向ける。
バスローブ姿の一樹が大きな紙袋を持ってきていた。
見たことのある紙袋だ。

「この中に着替えあるから、好きなの選べ」
「これ、前にいったお店のですか?どうして」
「届けさせた」

唯の前に紙袋を落とすと一樹はそのままシャワーを浴びに室内の方のバスルームに向かった。
届け先が伊豆だと知って店員はどんな顔をしたんだろうと思うと唯はおかしくなった。
一樹がしばらくバスルームから出てこないと見込んで
唯は何も身につけないまま部屋についている露天風呂に向かった。
この景色も最後かもしれないと思うと名残惜しかった。
朝陽を浴びてキラキラしている海は美しかった。
湯に浸かり唯は海を前にして目を瞑る。

帰って和輝の顔を見るのは今でも怖い。
でも、一樹との将来をこの数日間で何度か夢見た。
身分違いとか年齢差とか困難はまだまだたくさんあるんだろう。
それでも、一緒に乗り越える道を探してみたいと思った。
この人と一緒にいたいと思った。

瞳を開き、左手の薬指を朝陽にかざす。
この煌きをずっと見ていたいと祈るように思った。



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あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


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