氷中花
40


車は唯の家へと向かっていた。
日曜日の高速道路はさすがに少し混んでいて来たときに比べると遅い。
だが家に着くのが別れの時間だとわかっているだけに唯はその渋滞すらも喜ばしかった。
一分一秒を惜しむように、一樹をみつめていたいと思った。


この日紙袋の中にいくつかあった服から唯が選んだのは白いワンピースだった。
普段唯が着る服に比べるとレースやフリルを多用したそれは可愛すぎるものだったが
どこか花嫁を連想させるそのワンピースは今の自分の気持ちにあっていると思った。
残りの服も持って帰るように言われたが唯は「一樹さんの部屋に置いておいてください」と
はにかむように言った。

一樹の部屋に行ったのは最初のあの日だけだ。
自分の部屋に女は呼ばないと以前一樹が言ったのを唯はまだ覚えていたが
彼女になった今ならもしかしたら入れてくれるかもしれないとそんな期待も込めて言った。
一樹は唯の意図に気づいたのかくすりと笑った。

「次の週末にくるか。話したいこともあるし」
「話したいこと?」

唯の見上げる瞳に笑みをこぼすと一樹は珍しく頬を染めてぼそりと言った。

「あのとき俺が言ったことやっぱり聞いてなかったな」
「え?」
「いい、お前が意識とんでたのはわかってたし。週末まで待ってろ」

それだけ言うとまた前方を見た。
一樹の言った言葉というのは当然気になったが、彼が照れるような言葉なのかと思うと
唯は週末がひどく待ち遠しくなった。
きっとそれは唯をさらに喜ばせてくれる話なんだろうと思った。



家の裏手にいつものように車を止めると一樹は名残惜しむ唯に深いくちづけをひとつして別れた。
一樹の車を見送った後、唯は家の玄関側に向かう道を歩いたが自然足取りは重くなる。
連絡なしで木曜の早退から今まで過ごしてしまった。
和輝が何かうまく言ってくれたかもしれないが、両親に怒られる覚悟はしていた。


姉に比べると随分放任されていた方だと思う。
両親の姉への溺愛ぶりには子供の頃からきづいていた。
いつもたくさんの人に囲まれ美しく凛とした姉と、
ちびで貧弱な印象のひとりで本ばかり読む地味な自分。
両親が姉をより愛するのは当然だと思っていた。
寂しいと思わなかったことがないわけじゃないが、
今はそれがかえって好都合なのかもしれない。
だから叱られるといっても一度母に怒られれば済むだろうと思っていた。
父はいつも通りなにも言わないで母に任せるだろうと。
こんなに長い外泊は初めてだったが、外泊自体最近は多くなっていたこともある。
唯は勇気を出して玄関のドアを開けた。


何故か靴がたくさん並んでいた。
人を呼ばなくなったこの家にこんなに靴が並んでいることは異様だった。
胸騒ぎがした。
靴を脱ぎ、足早に廊下を抜け、そっと扉を開けてリビングを見る。
黒い塊に圧倒される。

「え・・・?」

突然頬の激しい痛みに身体がよろめいて、そのまま後ろの壁にあたった。
目の前に喪服姿の父が手をあげて立っている。
唯を睨みつけるようにして、震える手が何度か唯を打った。

「やめてください、お義父さん」

和輝が唯の父の手を止めようと押さえたが、和輝の腕の中でしばらくもがくようにその身を揺すった。
唯は呆然とそれを見ることしかできない。

「こんなときに、お前は!」

(こんなときって・・・)

唯の目がリビングの中を再び見た。
喪服姿の見覚えのある人たち。
そして、その奥に大きな白い木でできた箱が見えた。

父親は膝をついてうずくまってしまっていた。
和輝の目をゆっくり唯は見た。
まさかと思った。

「唯・・・」

泣き崩れた跡の様な母親が唯にしがみつくようにしてきた。
箱の中に横たわる人が誰だかわかって、でも考えたくなくて。
唯はどうすることもできず、ただ立ち尽くしていた。



小説目次    NEXT  


*** ひとことご感想いただけると嬉しいです ***

お名前

ひとことメッセージ


読まれた作品は?
あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


                                   Powered by FormMailer.

長文・返事ご希望の方はこちらへ >>> MAIL

inserted by FC2 system