氷中花
42


喪服は着慣れないこともあってか落ち着かなかった。
唯は居心地の悪い気持ちでスカートの端を握った。
葬儀場の空気はどこかひんやりとしていて澱んでいるようにも感じられた。
そんな中、最後の挨拶の順番がまわってくる。
唯は白い花をひとつとり、そっと棺に入れた。
花に囲まれ眠るような顔をした芽衣が唯の見た姉の最後の姿になった。
和輝とのことがあってから芽衣を避けるようになったことが酷く悔やまれた。
亡くなったと知ってから後悔ばかりが反復する。
それでも、もう芽衣は帰ってこないのだ。
唯は唇をきゅっと噛んだ。


火葬場へ移動するのは近しい身内だけになるようで、
あちこちで挨拶する姿が見られた。
唯は少し疲れていたのでロビーに戻り、椅子に座った。
ため息しかこぼれないのはわかっていたので口は結んだままだ。

ふ、と何かを感じて目を上げる。
窓の向こうに見たことのある姿が在った。

(なんで、あの人が?)

唯は椅子から立ち上がり、慌てて窓に近寄った。
向こうでも唯に気がついたのかこちら側に寄って来た。

「どうして、あなたがここに?」

そこには、一樹の別荘で最後に会ったきりの冬夜の姿があった。
喪服姿でいるところを見ると彼も誰かの葬儀できているのだろう。
冬夜は唯を複雑そうな顔で見た。
何か言いたげな、でも言えないような視線でしばらく無言でみつめ、そして目を閉じた。
長い睫毛に影が落ちる。

「久しぶりですね」
「お久しぶりです」

慌てて挨拶を返す。
年上の人に対して挨拶も飛ばしていきなり失礼だったかと唯は思ったものの
冬夜にどう対応すべきか考えてしまった。
今までに会った二回ともが特別な形だったからかもしれない。
冬夜はやっと目を開けて唯をじっとみつめた。

「冬夜さん?」

唯は見つめるだけの冬夜に困惑してしまう。
焦る唯を無視して冬夜は名刺を懐から出すと、窓越しに手渡した。
出されて唯はそのままつい受け取ってしまった。

「あの・・?」
「持っていてください。きっと役に立つから。
あなたが困ったとき、どこにも行くところがなくなったときにはここに連絡をして。
いいですね?」
「・・・」

冬夜の唐突な発言は前回同様だが、真剣な眼差しは痛いほどに感じられて
唯は小さく頷いた。
冬夜は薄く微笑むと、そのまま会釈して背中を向けた。
一樹と一緒になるようなことがあれば冬夜は義兄になるのかと思うと不思議な感じがした。
芽衣との小さな亀裂に死後後悔したような思いを一樹にはさせたくないと思った。
冬夜と一樹の仲は自分たちとは違って複雑だが、いつか修復できるといい。
そんなふうに唯は願った。




唯が火葬場で収骨にたちあったときに違和感を覚えた。
和輝の姿がなかった。
両親と父方の祖父母しかそこにはいない。
具合でも悪くなったのだろうか。
収骨を終え、別室で食事を出されたときにも和輝の姿はみえなかった。

「おかあさん、和輝さんは?」

気になって聞いてみると唯の母親は困ったような顔で応えた。

「もう帰られたわ」
「具合でも悪くなったの?」

「他人だからだよ」

低く響いた声は父方の祖父のものだ。

「え?だって和輝さんはおねえちゃんの・・・」
「一緒に暮らしたって他人は他人だ。唯、おまえだって」
「おじいちゃん!」

母が祖父に大声を上げたのを初めて聞いた。
そして、その言った言葉の内容を確認せずにはいられなかった。

「私が、なに?」
「酔っ払っているのよ。たちが悪いわ、こんな場所でまで」
「ごめんなさいね、こんなひとで」

母と祖母が祖父を責める様に言ったが、その言葉は唯の胸の奥でしこりのように残った。

”唯、おまえだって”

和輝が他人だというのもわけがわからなかった。
血のつながりはないが和輝と芽衣は結婚式もしたちゃんとした夫婦だったのに。
やはり祖父は酔っているのだろうか。
だがこの場に和輝がいないのはおかしかった。
唯はトイレに行くといって鞄を持ったままロビーに出た。
そしてロビーの端にある公衆電話の前に立ち止まった。



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