氷中花
46


雨の音が聴こえる。
アスファルトを叩きつけるような雨音がその激しさを伝えた。

(学校・・・行きたくないな。もう少しこのままで)

ゆっくりと覚醒していく唯の目に見慣れないものが映った。
豪奢なシャンデリアが見える。

「え・・・」

慌てて身を起こすと知らない部屋に自分が寝ていたことに気がつく。
見たこともない調具の整えられた広い部屋だ。
そして急激に訪れる頭痛と眩暈に頭を押さえた。

「痛っ・・・」
「目が覚めましたか」

聞き覚えのある低い声に頭を押さえながらも視線を動かす。
ダークグレーのスーツに身を包んだ冬夜が窓際の椅子から立ち上がろうとするのが見えた。

「冬夜さん・・ここは・・・」
「無理しないで横になりなさい。二日も高熱が続いたんだ」

そう言って冬夜は唯の背中を支えるようにしてベッドに寝かせた。
唯は眩暈が少し落ち着いたことにほっとする。

「公園で倒れていたそうです。病院に救急車で運ばれて、僕のところに連絡がきました」
「どうして、冬夜さんのところに?」
「服のポケットに僕の名刺を入れていたようですね。他に身元のわかるものがなかったそうで」
「・・・すみません」

火葬場で受け取った名刺は確かに喪服のポケットに入れたままにしてあったはずだ。
自宅に連絡がいかなかったことは幸いだが冬夜に迷惑をかけてしまったのは間違いない。
自分の情けなさに涙が出そうだった。


「聞いてもいいですか?どうしてあんな無茶を」

冬夜の心配そうな眼差しに唯は視線をそらしたくて目を閉じた。
この人は一樹の義兄ではあるけれど複雑な間柄だ。
別荘での不振な言動を思い返すと信用してなんでも話していいかどうか疑わしかった。
それでも、唯は誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
自分のこの不安定な気持ちを。
しばらく経ってから唯は小さな声で話した。

「私、斉藤家とは血縁じゃないかもしれないんです。それで不安になって」
「・・・不安になって雨に打たれた?無茶な人だ」
「傘を・・忘れただけです」

くすりと笑う冬夜の空気が穏やかで、唯は少しほっとした。
冬夜に対する最初の頃の怖いイメージは今は殆どなかった。
一樹の側にいないときの冬夜はひどく柔和な印象で別人のようだった。
横になっていた唯の頭をそっと撫でながら冬夜は呟くように言った。

「家に居づらいならここにいなさい。どうせしばらくは病人だ」
「冬夜さん・・・」


唯は冬夜の横顔を見ながらふと”一美”のことを思った。
自分に似ていると言われた”一美”だ。
もし両親と自分の血縁がなかったら一美の身内と血縁があるということは考えられないだろうか。
莫迦らしいと思いながらも急に思いついたその考えに唯は囚われてしまった。

(違う、絶対そんなはずない。だけど・・・)

唯は冬夜の横顔をじっとみつめ続けていたようだ。
ふ、と冬夜と視線が合う。

「この顔が気になりますか?一樹とは似ていないでしょう」

自嘲気味な笑みを浮かべる冬夜に胸が痛んだ。
冬夜の家族環境は複雑だ。
母親が自分のせいで死んだと思っているかもしれない。
一樹と一樹の母親が殺したと言っていたがきっと、自分を責めているはずだ。

「一樹は母親に似たんですよ。僕は各務の父に似た」
「・・そう」
「だから引き取られたんですよ。自分の血をひいた母との子供がほしかったから」
「冬夜さん・・・」
「・・・何か食べ物を持ってこさせましょう」

冬夜は急に唯から離れ扉のほうに歩いていった。
会話を唐突に切ったのは自分のことを話すのがつらくなったからだろうと唯は思ったが違ったようだ。
部屋を出るときに冬夜は言葉をひとつ残していった。

「あなたの聞きたいことはわかっています。一樹と別れるなら教えてあげましょう」
「?!」

唯が言葉をかける間もなく冬夜は扉を閉めてしまっていた。



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あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


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