氷中花
53


和輝を見送ってから連れて行かれたのはここ数日泊めてもらったものとは別の部屋だった。
二階の角部屋で、入ると少女趣味な内装に唯は驚いた。
白い天蓋つきのベッドにベビーピンクのチェスト、明るい木目のカントリー風ライティングデスク。
出窓には小さなテディベアがいくつも並んでいる。
女の子の喜びそうな部屋ではあるがスーツをかっちり着こなす冬夜には
ひどく不似合いだ。
唯が一緒に住むかもしれないと用意してくれたものなのだろうが、
選んでいる冬夜を想像することは難しかった。
呆然とする唯に冬夜はにっこり微笑んだ。

「今日からここが貴女の部屋です。足りないものがあったら何でも言ってください」

部屋につながったシャワールームとトイレもあるようで簡単な説明をしてくれてから
冬夜は部屋を出た。
唯は大きなベッドで仰向けに転がると改めて自分の身に起こったことを考えた。

一樹を怒らせてしまったかもしれない。
あんな風に動揺した一樹を見たのは初めてだった。
きちんと今の状況を説明するべきだったかもしれないと思ったがあとのまつりだ。
携帯電話が手元にない今、一樹と連絡を取るのは難しい。
唯は自分の父親のことを確認できしだい一樹の部屋を訪れようと思った。
怖くてまだ冬夜に聞けずにいるが、それは唯が今一番知りたいことだった。



一樹と兄妹でなければいい。
やっと自分だけを見てくれる人に出会えたと思った。
お互いに支えあって生きたいと思った。

(お願いだから、私からもう恋を取上げないで)

唯は心の中で芽衣に祈った。
そしてそのまま眠ってしまった。
次に目覚めたのは部屋をノックする音に気がついてだ。


「はい」と慌てて唯が扉を開けると使用人らしき女性が紙袋を三つ渡してくれた。
中身は制服や教科書のようだ。
「先ほど望月さまがお持ちになりました」
「ありがとうございます」

眠る唯に遠慮して預けて帰ってしまったのだろう。
実の兄のもとにいるというのに唯は落ち着かない気持ちになり和輝に会いたくなった。
一樹といるときはときめきと熱い思いを得られるが、和輝といると暖かい気持ちなれた。
こんな風に不安なときは一緒にいてほしいとつい思ってしまう。
唯は和輝が自分の兄だったら良かったのにと冬夜には失礼なことを考えた。
今でも一樹をライバル視しているような冬夜とは
兄妹とはいえどう付き合うべきかまだわからなかった。
ただ今は頼りにできるのは彼しかいないのも事実だ。

クローゼットに制服や皺になりそうなワンピースなどをかけながら
唯は明日からのことを考えた。
学校に行けば一樹に会える。
今夜のうちに冬夜に父親のことを確認して明日話そうと思った。
そうすればきっと誤解があったとしてもわかってもらえるはずだと。
紙袋の中に白いスーツを見つけた。
芽衣に借りたまま部屋に置いてそのままになっていたらしい。
和輝は唯のものだと思ってこれも入れてくれたようだが
芽衣のものを身につけるには気持ちの整理がまだついていなかった。
ハンガーにかけながらふとポケットに入れたものを思い出した。
一樹と食事に行ったときに従姉妹と名乗った九条梨花にもらったものだ。
住所と携帯電話の番号、メールアドレス、名前だけの書いてある簡単なものだ。
会社で使っているものではなくおそらくプライベート用に作られたものなのだろう。
唯は梨花と冬夜の名刺を生徒手帳のカバーの間に挟んだ。
高校生の自分には扱うことのないものだったが、
倒れたときにも救ってくれたきっかけになった。
この先また使うことがあるかもしれないと思うと丁重に扱った。





夕食は冬夜と二人で向き合って食べた。
冬夜はまだ仕事があるのかスーツ姿のままだった。
広い部屋に二人だけ席に着くというのは酷く落ち着かないもので、
粗相がないか唯はおどおどして食べたため味わう余裕もなかった。
冬夜がナイフを置くのを見て、唯は勇気を出して声を出した。

「あの、お話があるんですが」

冬夜が目線で使用人に合図を送ると、部屋には唯と二人だけになった。

「どうぞ」

静かな部屋で出す言葉はいつも以上に緊張したが
タイミング的に今聞くしかないと思った。
冬夜の涼しげな顔をじっとみつめる。

「私の母は冬夜さんと同じ柚木一美さんだと聞きました。
冬夜さんのお父さんは一樹さんのお父さんと同じ人ですよね。
私のお父さんは誰なんですか?」

言いながら震えてしまう声を恥ずかしく思いながらも唯はなんとか言葉を紡いだ。
冬夜は無言で唯を見つめ返した。
うっすらと浮かべた笑みが寒々しい。

「貴女は誰だと思っているんです?」
「え・・・」
「僕らと同じ各務大樹を父にもっていたら、貴女はどうするんでしょう」
「冬夜さん・・・」
「当然、一樹とは別れますよね」

冬夜の言葉に唯は寒気がしてきた。
否定してくれると思って聞いたが、そう簡単には教えてくれないようだ。
今でも冬夜は唯と一樹が別れることを望んでいる。
口調は優しげだが一樹の名前を口に出すたびにその表情が歪んだ。
彼の弟への複雑な思いはそう簡単には消えないもののようだ。

「教えて、くれないんですか?」

唯の涙を滲ませながらも睨みつけた瞳を見て冬夜は苦笑した。

「言ったはずです。一樹と別れるなら教えてあげると」
「冬夜さん・・あなたは」

冬夜はまだ残っていたワイングラスを傾けた。
赤い液体がいっきに飲み干される。

「一樹は貴女とは一緒になれませんよ」
「それは私とも兄妹だということですか?」

冬夜は俯いたまま席を立ち上がった。

「明日になればわかります。貴女があまり悲しまなければいいのだけれど」

思わせぶりな言葉を残して冬夜は部屋を出て行ってしまった。
冬夜がそれ以上何も答えてくれない様子だったので唯は何も言えずに背中を見つめた。
明日何がわかるというのだろう。
湧き上がる不安を唯は押さえることができなかった。




小説目次    NEXT  


*** ひとことご感想いただけると嬉しいです ***

お名前

ひとことメッセージ


読まれた作品は?
あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


                                   Powered by FormMailer.

長文・返事ご希望の方はこちらへ >>> MAIL

inserted by FC2 system