氷中花
59


クリスマスイブは街中だけでなく学校内も落ち着かない雰囲気だ。
唯たち一年生は受験目前の三年生とは違い期末試験の終わった開放感で浮き足立っている。
あとは明日の終業式を済ませれば冬休みだ。
もう気持ちはイベント一色になっていた。
学校を出て冬夜と暮らす屋敷に向かう途中メール着信に気づいて
携帯電話を見ると和輝からのものだった。


ー三時に迎えに行くから


以前一樹にもらったメールを思い出して唯は苦笑する。
未練がましい自分が情けなかった。
迷いがないわけではない。
だが唯は和輝と付き合おうと結論を出した。
だから、もう迷いたくないと思っていた。



屋敷へ戻り着替えをしていると扉をノックされた。

「あ、ちょっと待って。・・・どうぞ」

扉の向こうには冬夜がいた。平日なのにこの時間に家にいるのは珍しい。
チャコールグレーのスーツを身につけている。

「今夜は予定がありますか?」
「和輝さん・・・望月先生と食事に」
「そう。では先に渡しておきます」

そう言って冬夜は持っていた紙袋から箱を取り出して唯に渡した。

「これは僕からのプレゼントです。そしてこちらは」

もうひとつ、小さな小箱を取り出した。古いもののようで箱は色あせている。
唯はそちらも受け取った。

「貴女の母親の遺品です。使ってください」

唯はどきりとして古い小箱をみつめた。

「母のものは殆ど処分してしまったのですが、先日これが出てきたので」
「ありがとうございます」

唯はライティングデスクの脇に立てかけてあった紙袋を持つと冬夜の前に戻った。

「私からもこれ、冬夜さんへ。クリスマスプレゼントです」
「僕に?」

自分から贈っておきながら唯に贈られる想像はしていなかったらしい。
冬夜は困惑した顔で頬を染めた。

「・・・各務先生、ご結婚されるんですね」

唯は確認するのが怖くて聞けずにいたことを思い切って聞いてみた。
冬夜は唯の瞳をじっとみつめた。

「身内同士の結婚ですよ。貴女が気に病むことはない」
「身内同士?」
「相手は従姉妹です」

従姉妹と聞いて唯は以前レストランで会った梨花を思い出した。
モデルのように美しい女性だった。
一樹にはお似合いの大人の女性。

「そう・・・。冬夜さんは結婚しないの?」

自分でふっておきながら話題を変えたくなって唯は冬夜に聞いてみた。
冬夜は一樹の義兄だから彼より年上のはずだった。
見合い話がたくさん来ていることは周りから聞いていたが進展したという話は聞いたことがない。
唯の問いに冬夜は苦笑した。

「僕はしません。貴女の側にずっといますよ」
「冬夜さん・・・」
「貴女がいさせてくれる間ですが。望月和輝、彼と付き合うんですか」
「・・・今日お答えするつもりです」
「そう、では僕はこれで。楽しんできてください」
「ありがとう。冬夜さん」



冬夜が部屋を出た後、唯は贈られた包みをベッドの上で開けた。
大きな包みの冬夜からのプレゼントは白い愛らしい感じのワンピースと揃いの靴と鞄。
今日着て行こうと思っていた服よりもクリスマスに似合いのもので、
唯はさっそく着ていこうかなとワンピースをハンガーにかけた。
古い小箱のほうには淡い水色の石がたくさんついた華やかなネックレスが入っていた。
おそらくアクアマリンだろう。
唯にとって一美は一樹の恋人で、冬夜の母親で、自分の母親でもあったという複雑な人物だ。
今でもお母さんという印象は少ない。
それでも、こうして身近に身につけていたら気持ちが少しは変わるのだろうか。


唯は冬夜に贈られた服に身を包み、一美の遺品のネックレスをして外に出た。
外気は冷たく、車で移動だからと手袋を置いてきたことを後悔した。
屋敷の門の外で時間より少し早いが待つことにした。
自分の吐く白い息にあの雪の日を思い出す。



『俺の実家のほうではさ、川べりで初雪を見るとっていうジンクスがあるんだよ』
『ジンクス?』
『そう。その年最初の雪を一緒に見ることができたら、その人とずっと一緒にいられるんだって』
『素敵!和輝さんは誰かと見たことがあるの?』
『ないよ。あったら今頃その人と一緒にいるんじゃないの』

くすくすと笑う和輝に唯はあたまをくしゃりとされる。

『それ、和輝さんの実家の川でしか効果ないのかなぁ』
『どうだろうな。試してみるか?多摩川で』
『うん、雪が降ったら行ってみようよ』

唯にとってそれは勇気のいる告白のようなものだった。
和輝は少し頬を染めて唯のおでこをつんとつついた。

『約束な。効果なかったら、いつか俺の実家のほうの川べり連れて行ってやるよ』
『本当?』
『受験が終わったら一緒に散歩でもしよう』


随分昔に交わした会話。
でも、多摩川で一緒に見ても効果はなかったのだ。
唯と一樹は結ばれることはない。

見慣れた車が来る。唯の目の前で止まり、和輝が見える。
助手席に座ると唯の鼻をちょこんとつつかれた。

「待たせたか。随分冷えてるな、ごめん」
「和輝さんは時間通りです。私が早すぎたの」
「あったかいところで先にお茶でも飲むか」

車は走り出す。
唯は隣に座る和輝を見上げて思う。
来年になったら一緒に和輝の実家の川べりに連れて行ってもらおうと。
もう一度最初からやり直せるなら、きっとうまくいく。
そう信じたい気持ちで。



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