氷中花
60


お茶をしながらくだらない話をしたり、唯と和輝の間に和やかな空気が続いた。
いつあの答えを問われるのかと内心ドキドキもしたが、
唯は出した結論を伝えようとそう思っていた。
誠実な和輝に応えたかった。

クリスマスイブなだけにカップルだらけの中、観覧車に乗った。
冬場の陽が落ちるのは早い。
まだ時間は遅くはないが辺りは暗くなっていた。
それまで続いていた会話が途絶えて、二人の間に静寂が漂った。

「唯」

最初に口を開いたのは和輝だ。
向かい合う唯の手に触れられてどきりとする。

「この間の答え、聞いてもいいかな?」

唯は和輝の手をそっと両手で握り返した。
目線を手から上にあげる。
和輝と見つめあう。
綺麗な優しい目をした人だ。
垂れ目も愛嬌があって、唯にはずっと憧れの人だった。

唯はゆっくり頷いた。
頬が赤くなるのが自分でもわかるようだった。
またすぐに俯いてしまう。

「私で・・いいの?」
「唯がいい」

和輝にそっと抱き寄せられる。
腕の中で一樹とは違う香りと温もりを唯は感じた。
この人と、幸せになる、そう決めたんだから。

「私を選んでくれて、ありがとう」
「唯・・・」

壊れ物を扱うように、和輝は唯の顎にそっと指をかけ、上げた。
ゆっくり触れる唇。

触れた瞬間に涙が零れた。

どうして、こんなときに気づいてしまうのだろう。
和輝に恋していた。
ずっと憧れていた。
なのに、愛していたのは一樹だけだったなんて。
どちらも同じように愛していたと思っていたのに。

・・・それでも想ってもどうにもならない相手なのだ。
義兄である一樹と結ばれることはない。
一樹自身にも強く否定され、なおかつ彼はもうすぐ結婚するのだ。
今頃気づいてもどうにもならない。
唯は絶望の中和輝に手を伸ばした。

「和輝さん、忘れさせて。あのひとを」

涙を零し続ける唯を抱きしめて、和輝はその髪を優しく撫でた。

「唯、俺は待つよ。いくらでも。だから焦らないで」

観覧車の中は冷え切っていた。
ただひとつの温もりにしがみつくようにして唯は泣き続けた。
そのまま観覧車が下に降りてくるまで和輝は優しく抱きしめていた。




車に乗って移動したのは少し離れたお洒落なレストランだった。
トイレで泣き顔を少しでもましにして唯は和輝と席に向かった。
アンティーク調の家具が無造作においてある、不思議な空間だった。

「ここ、素敵なところですね」
「隠れ家的レストランらしいよ。友達に教えてもらったんだ。
生徒にあったら気まずいからね」

そう言って和輝は苦笑した。
唯が学校で暴力を振るわれたことを和輝は知らないはずだが、
確かに誰かに見られるとまた面倒な気がした。

「今日のワンピースかわいいね。良く似合ってる」
「ありがとう。冬夜さんからのプレゼントなの」
「そう。彼は本当に唯のことを想っているんだね」
「お義兄さんだから」

言葉にすると妙に気恥ずかしくなって唯は運ばれたオードブルに手を伸ばした。
ふ、と視線を感じて顔を上げる。
唯たちの隣のテーブルに案内された二人と目が合った。
一樹と梨花がそこにいた。

「え・・・」

その場に訪れる静寂はひどく張り詰めたもので、
唯は怯えたような目で一樹たちを見上げた。
一樹はいつもと変わらない冷たい視線を唯に投げかけると
良く響く低音で呟くように言った。

「最初に戻ったか。お前の”カズキさん”に」
「?!」
「場所を変えるぞ、梨花」

一樹は梨花の腰を抱くようにしてレストランの出口へと向かった。
唯は二人を見ていたくなくて俯いてしまった。
一樹の結婚話が現実のものとして急に思い出された。
やはり相手は梨花なのだろうか。
美しくモデルのような梨花。
一樹に似合いの大人の女性。
唯に勝てることなんて万に一つもないような女性。

「唯」

俯いたままの唯に和輝が声をかけた。
はっとしたように顔をあげる。

「今日の相手は俺、だぞ。物足りないかもしれないけど我慢しろ」

そう言って下手なウインクをひとつした。
唯は泣きそうな顔をゆがめて笑った。
それから、一樹たちの話題は一度も出ることなく食事を続けた。
胸の中のもやもやが大きくなりそうになると唯は和輝を見つめた。
まっすぐに唯だけを見つめてくれる人を。



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