氷中花
61


唯は自分の部屋でぼんやりと指先をみつめていた。
和輝に贈られたクリスマスプレゼントは指輪だった。
十八金のリングに赤いルビーの石がはまっている。
左手の薬指にとくれたものなんだろうがサイズが大きすぎてどこにはめるか迷っていた。

(右手の中指ならちょうどいいんだけど・・・見たら和輝さん気分悪くするかな)

中指にはめて眺めてみる。
サイズの合わない薬指にはめて落とすよりはこのほうがいいかもしれないとも思ったが
結局左手の薬指にはめると唯は小さくため息をついた。


一樹の隣にいた梨花が気になって仕方なかった。
冬夜は身内同士の結婚だから気にするなと言ったが気にならないほうがおかしかった。
以前会ったときの様子だと梨花は一美と一樹のことも知っていたようだ。
そして唯とのこともおそらくは。
どういう気持ちで一樹と一緒になることにしたのだろう。
唯は生徒手帳に挟んだ梨花の名刺を取り出した。
いきなり電話をしたら気を悪くされるだろうか。
時間は十時だったがあの時間に食事をしていたことを考えるとまだ起きているはずだ。
もしかしたら、まだ一樹と一緒かもしれないが。

唯は迷った末、携帯電話を持ち梨花の番号を押した。
二コール鳴ったところで電話を切り、自分の行為を酷く恥ずかしく思った。
電話をかけてどうしようというのだろう。
お義兄さんをよろしく?
そんなこと口が裂けても言いたくない。
今も二人でクリスマスイブを愉しんでいるかもしれないのだ。
今の唯は邪魔以外の何者でもないだろう。

「もう・・やだ」

唯は自分のベッドに入ると掛け布団を頭からかぶった。
想像なんてしたくなかった。
あの唇が、指が、他の誰かに触れているなんて。


携帯電話の着信メロディが鳴ってどきりとする。
まさかと思って見ると先ほどかけた梨花の番号だ。

「はい」

と慌てて出ると柔らかい綺麗な声が響いた。

「九条梨花です。今お電話をいただいたようなのですが」
「あ・・・あの」

さっきのはやっぱりなかったことと言ってしまいたい衝動に駆られるが、それではまるで悪戯電話だ。
名乗ろうと覚悟をきめたところで「もしかして、斎藤唯さん?」と逆に言われてしまった。

「あ・・はい。そうです」

動揺する唯は携帯電話を取り落としそうになってベッドの上で体勢を立て直した。

「あ・・あの突然電話してすみません、夜分に」
「いいのよ、ちょうどよかった。私も貴方に連絡が取れないかと考えていたところなの」

先ほどの鉢合わせを不愉快に思ったのだろうかと一瞬青くなる。

「唯さん、一樹(イツキ)と私のことはもう聞いている?」

ああ、この人は彼の事を本名のイツキで呼ぶんだったと急に思い出した。
一樹(カズキ)と呼ぶのは一美のいない今唯だけなのかもしれない。

「冬夜さんから彼は従姉妹と結婚する予定だと聞いています。相手は梨花さんなんですか?」

唯の言葉に梨花はため息をついたようだ。
少し間があって苛ついたような声が聞こえた。

「そうね、私が相手のようよ。同族結婚の相手には都合よかったんでしょうね。
本家の男子と私が結婚するというのは随分前から言われていた話なの」
「梨花さんには都合よくなかったんですか?」
「・・・そうね。本家から言われたから断ることはできないけれど本意ではないわ」
「でも結婚するんですね」
「貴方しだいよ」
「え?」
「貴方がどう動くかで私の一生は変わるの」
「そんな・・・」
「何を言ってるんだろうって思うんでしょう?当然だと思うわ。
でも私にはそれを説明することはできないし、ただ貴方だけが頼りなの。
もしまだ彼を想っているなら諦めないで欲しい」

梨花は一樹との結婚話を唯に壊せといっているのだろうか。
唯には梨花のことが理解できなかった。
居住まいを正そうとしたら薬指から指輪がするりと抜け落ちてしまった。
やはり大きすぎるようだ。
慌てて手に握る。


「・・・彼を愛していないの?」

震える声で唯が問うと梨花はクスリと笑ったようだ。

「イツキのことはずっと憧れていたわ。でも私が愛しているのは・・・」

そのまま言葉が続かない。
もしかしたら梨花も報われない恋をしているのかもしれないと唯は唐突に想った。

「私と彼は義兄妹なんです」

唯は梨花の想いには応えられないことを事実として伝えた。

「・・・あなたが本当に相談できる人に話して。私にはそれしか言えない」
「梨花さん・・・」

梨花が言うのを躊躇うのは誰かに口止めされているからなのだろうか。
言いたくても言えないという雰囲気の梨花をそれ以上問いただすのは難しそうだった。

「彼を救ってあげて」

電話を切る間際に呟くように言った梨花の言葉が唯の胸に残った。

一樹も苦しんでいるのだろうか。

唯は携帯電話を握り締めたままベッドに横になる。
握ったままの指輪を再び左手の薬指にはめようとして、
やめ、最初に試したように右手の中指にはめた。

目を瞑って考える。
本当に相談できる人。
唯にとって本当に相談できる人は誰なんだろうと。

ひとつの名前が浮かんだが、唯は胸のうちでその名前を消そうとした。
今はもういない人を。



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あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


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