氷中花
62


芽衣の眠る場所は和輝に電話で聞くとすぐに教えてくれた。
唯も何度か行ったことのある父方の親類が眠る霊園だった。
車で連れて行ってくれるという和輝の申し出を断り、
翌日終業式が終わると唯は電車とバスを乗り継いで二時間ほどかけてそこへと向かった。
一人で向かう間にいろいろな想いが巡ったが唯は口元をきりりと引き締めて
硬い表情をしていた。
風が強くいつもより寒く感じられる日だった。
白いコートのボタンを全て留めて目線をあげると、ゆっくり霊園の墓所へと向かった。

久しぶりに訪れたのに場所は覚えていたようで、斎藤家の墓はすぐに見つかった。
いまや唯との血縁は遠いと分かった親戚と姉の眠る墓地に
姉の好きだった白百合を供えた。
手袋をはずしコートのポケットに突っ込むと、唯はしゃがみこみ、
手を合わせながら姉の死を改めて感じた。
本当に、もういないのだ。
死はニュースなどの遠い世界のもので自分の周りとは無縁のような、
どこかそんな感覚をもつものだったのに、
いま唯は墓前でこの中に眠る小さな骨の欠片を想った。
幻だったのかもしれない妹思いの姉も、和輝を脅してまで手に入れた姉も、
ストーカーに襲われてしまった姉も、今はひどく遠い。
小さな頃に唯の頭を撫でてくれた、そんな姿だけがなぜか浮かぶ。



「唯」

背後からかかる声にどきりとしてゆっくりと振り向く。
聞きなれたこの声は、唯の思った通り育ての親、斎藤の母だった。
斎藤家に自分の居場所がないとわかってからひたすら避け続けていた相手だ。
唯はこの場にいたくなくて青ざめた表情の母の脇を急ぎ足ですり抜けるように通ろうとした。
だが思いがけず腕を捕まれ、立ち止まることになる。
お母さんと今までどおり呼ぶことも憚られて唯は言葉を失くした。

「待って。少しだけ時間をちょうだい」
「・・・」

唯よりも母親の方が長身のためやや見上げるような姿勢で唯は母を見た。
少しやつれた印象だ。
目の下の隈が気になった。

「各務冬夜さんから、あなたが全てを知ってしまったと聞いたの。本当なのね?」

唯はこくりと頷いた。

「そう」

斎藤の母はやや涙ぐんだように目を伏せた。
唯の腕は掴んだままだ。
きゅっと引き結んだ口元が自分に似ていると唯は母の所作に思ったが、
一美の義姉ということはまったく血縁がないわけでもないのだからと気がついた。
唯の腕をゆっくり放すと肩にかけた鞄の中から母親は一通の封筒を取り出し、
唯に差し出した。
封は開いている。
表書きは唯へと書いてあった。
唯は封筒を受け取ると裏を見た。
望月芽衣とある。

「これ・・・」
「芽衣が亡くなる少し前に預かったの。でも、渡せなかった」
「中を読んだのね」
「・・・私たち家族の間にはたくさんの言えないことがあったでしょう。
唯に全てを知られたくなかったの」
「おかあさん・・・」

母の行為を勝手だと思いつつも芽衣の亡くなった直後に渡されていたら自分がどう感じるのか
それはわからなかった。
冬夜と和輝、そして学校の友人という支えがあってこの数ヶ月間耐えられた、
唯はそんなふうに思っていた。

唯は受け取った封筒の『望月芽衣』という名前を姉がどういう気持ちで書いたのだろうと思うと
ひどくせつなくなった。
最後まで斎藤芽衣だった姉はどんな風に和輝を想っていたのだろう。
唯はそのまま言葉を交わさずに封筒を掴んだまま墓地を後にした。
母はもう何も言わなかった。
手袋をはめずに駅まで歩いたためずいぶん手が冷たくなっていた。
ホームのベンチで電車を待ちながらふぅと手に息を吹きかけた。
白い吐息が空に舞った。

芽衣の気持ちを知りたいと思いつつ理解の範疇を超えた行動に恐ろしさも感じていた。
だから遺書らしきこの手紙を読むのには勇気がいった。
バスを使わず歩いて、歩きながら悩んで、あの川べりに辿りついた時に
姉の気持ちを知るならここがいいと思った。
土手のところは一部舗装されているのでそこに座り込んだ。

悴む手で封筒から中の便箋を取り出す。
白地に淡い雪の文様の描かれた便箋だった。
女性らしい見慣れた姉の文字が見えた。
唯はその目で文字を追い始めた。



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