氷中花
64


一度目に読んだときは身体が震えた。
二度目に読み直して涙がとまらなくなり
三度目を読みながら文字を追うことを断念した。
唯は芽衣の手紙を胸に抱いたまましばらく子供のようにしゃくりあげて泣いた。
寒風の吹きすさぶ川べりはひどく冷えて、
その冷たさは唯を断罪しているようにも感じられた。

自分は何も知らなかった。

芽衣の心の痛みと叫びは唯の胸の奥に響き
誰にも愛されない子供だった自分を再確認させられ
一樹との血縁のなさを知った喜びに動揺した。

(斎藤の父が本当のお父さんだったの?!)

唯は芽衣の言葉を何度も反復した。

ー『父親からは浮気してできた子供として扱いに困られ』

どういういきさつがあったのかわからない。
それでも、斎藤家は自分にとって本当に家族だったのかと
唯は改めて気づかされた。
そして斎藤の母の苦悩を思うと自分の存在の呪わしさも知った。
どんな気持ちで育ててきてくれたんだろう。
一緒に暮らしてきたんだろう。
唯には想像することしかできない。
そして妹思いの姉の存在が幻ではなかったことも信じさせてくれた。
手紙の文章からやはり芽衣は自分を愛してきて大切にしてくれていたんだと
それは伝わってきた。
和輝の側にいたいという想いも痛いほど伝わってきた。
愚かなというなら唯は自分こそがと思った。
唯が和輝を想っていた時期に芽衣もそうだったなんて
あのころは思ってもみなかった。
突然告げられた結婚話に動揺するだけで、裏切られたような気持ちになって
芽衣の想いも和輝の想いにも気づけず過ごしていた。
枯れてしまったブーケは唯の恋の終わりではなく
芽衣の懺悔だったのだと今頃気づかされて。


唯は手紙を胸に抱いたまま立ち上がった。
封筒に便箋をそっと戻し、持っていた鞄に入れた。
鞄のファスナーを閉めて川向こうを見つめた。

傷ついたのは、辛かったのは自分だけじゃない。
泣いていじけていた自分の幼さを恥ずかしく思った。

冷たい強風に刃向かうように唯は歩を進めた。
翻弄されるだけの自分から抜け出したかった。

取り出した携帯電話から何度もかけなれた番号を表示し、通話ボタンを押す。
コール三回目で久しぶりに聞く低音が響いた。

「はい、斎藤です」
「・・・おとうさん」
「唯か?!」

動揺する父の声を珍しく聞いて唯は驚いた。

「おねえちゃんの墓前で、おかあさんに会ったの」
「・・・」
「手紙、受け取った。おとうさんは私の本当のお父さんなの?」
「当たり前だ」

震える声に父が泣いているのかもしれないと思った。
厳しい父の見守るような姿を唯は思い出していた。
芽衣のほうを愛していたかもしれない。
それでも、父は唯の父親でもあったのだ。
育ててくれてありがとう。
言葉にならない気持ちが胸につまった。
恋の可能性を0にしないでくれてありがとうと感謝したかった。
梨花を選んだ一樹が唯を振り向くことはもうないかもしれない。
結婚する二人を見守ることになるかもしれない。
だけど、想うことを諦めないでいいという
ただそれだけのことが唯には嬉しかった。

「私・・・」

それきり言葉の出なくなった唯にしばらくたって、低い声が呟くように言った。

「しあわせに、なりなさい」

唯は涙が止まらなくなって川べりでしゃがみこんでしまった。
どこまで斎藤の両親が事情をしっているのかはわからない。
けれど、その言葉は唯を力づけてくれた。
疎まれていただけではないと信じさせてくれた。
唯にとっては、それだけでじゅうぶんだった。



小説目次    NEXT  


*** ひとことご感想いただけると嬉しいです ***

お名前

ひとことメッセージ


読まれた作品は?
あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


                                   Powered by FormMailer.

長文・返事ご希望の方はこちらへ >>> MAIL

inserted by FC2 system