氷中花
65


学生の唯は冬休みに入ったが冬夜は急な出張で海外へ行き、
和輝は実家に帰ることになっていた。
年末の本来なら慌しい時期を唯は一人で過ごしていた。
喪中になるので年賀状を書くわけにもいかず、事情を知らない友人たちに
喪中ハガキを出すことも躊躇われ唯はすることがなかった。
新学期は一月八日からだ。
五日には各務家の新年を祝う会が予定されていた。
唯も冬夜の義妹として紹介されることになっているので参加するように言われている。
おそらくその日は一樹とも顔をあわせることになるのだろう。

一樹には会いたい。
だけど、この気持ちを伝えることが正しいのかはわからなかった。
一樹を忘れて和輝と付き合おうと決意したのはつい二日前のことだ。
あのクリスマスイブのことを忘れたわけじゃない。
それなのにこんな風に義兄妹じゃなかったのでと一樹に乗り換えるような態度は
和輝に対して失礼な気もした。
どうするのが一番いいのか。
唯にはまだ決めかねていた。
一人で考える時間がいまたくさんあることだけが救いだった。



広い屋敷の中自分の部屋でテレビを見て年越しをしていると携帯電話が鳴った。
真行寺麻耶からだった。

「あけましておめでとう!」

威勢のいい声が聞こえて、唯も笑顔を浮かべた。

「あけましておめでとう。今年もどうぞよろしく」
「唯、今から出てこられるかな?」

突然の言葉に驚いたが一人で過ごす年越しに味気なさも感じていたので「うん、大丈夫だよ」
とすぐに応えた。
深夜だがこの屋敷で今唯の外出を煩く言うものはいないはずだ。
防寒をしっかりして、唯は約束の時間に間に合うように駅に行こうと玄関へ歩いていったが
屋敷の使用人をまとめている戸村に心配され、車で送ってもらうことになった。
冬夜が唯を心配して留守中のことをまかせてあったらしい。
休み中ほとんど自分の部屋で過ごした唯がこんなことでもなければ気づくはずもなかった。
深夜だが年越しを過ぎたばかりで大通りは初詣に向かう人が大勢歩いていた。
その中に麻耶の姿を見つけて、車を止めてもらう。

「麻耶ちゃん」
「唯」

麻耶は制服の上にいつも着る紺のコートではなく華やかな水色のコートを着ていた。
中はVネックの黒いセーターと細身のブラックジーンズでいつもよりボーイッシュに見える。
手を振り、車を降りようとした唯だったが、戸村に現地まで送らせてほしいとしつこく言われ、
帰りには必ず電話をして迎えに来てもらうことを約束することで、しぶしぶ戸村は帰って行った。
唯は申し訳なく思いつつも各務家はやはり自分には落ち着かないかもしれないと苦笑した。

「ベンツに執事か」

にやりと笑う麻耶に動揺しつつ、一緒に地元の神社へと向かった。
道中には屋台なども出ており明るい。
学校でのたわいない話などをしながら参拝客の中に並んでいると
自然と新年を迎えた実感がわいてくるから不思議だ。
厳かな気持ちで新年の抱負を思い、

(しあわせになれますように)

ただ漠然とした願いを唱える。
自分にとっての幸せも、一樹や和輝、冬夜や梨花の幸せもわからないまま。
みんなにとっての幸せってなんだろう、そう思いながら両手を合わせる。

「随分真剣に祈ってたね。何を祈願したの?」
「広い意味での願い事だから、神様も困るかも。麻耶ちゃんは?」
「私は具体的よ。言うとご利益減りそうだからナイショだけど」

そう言って笑う麻耶を唯はかっこいいと思う。
彼女には具体的な将来のビジョンがおそらくあるのだろう。

「私も麻耶ちゃんみたいになりたいな」

唯の言葉に麻耶は首を傾げる。
女性にしては長身の麻耶はそんなポーズもいちいち決まって見える。

「どんな風に?」
「うーん。思いやりがあって、強くて」
「そんなに立派なものじゃないよ」

苦笑しながら麻耶は近くの自動販売機でコーンスープを買った。
唯も同じものを買う。
手袋をしてきていたがやはり冷え込んできた。
白い息があがる。

「それにね、唯は強いと思うよ」
「わたし?」
「うん。一見弱そうに見えるけどね。でももういいやって投げたりしないでしょう」
「私、すぐいじけて泣くよ」
「泣いてもさ、ちゃんと前を見ているよ。そういうところ各務も好きになったのかな」

突然出た一樹の名前にどきりとする。
体育倉庫での一件を聞いていたはずなのにと訝しく思いながら
唯は目を伏せて缶に唇を寄せた。

「各務先生、結婚するんだよ。三月で学校辞めるんだって」
「唯はそれでいいの?その話は私も聞いたけれど」
「もう噂になってるんだ?」
「学校ではまだ生徒の間には知られていないよ。私のは別ルート」
「別ルート?」

麻耶の意外な言葉に顔をあげる。
大人びた瞳がじっと唯をみつめていた。

「うちの真行寺って各務グループと取引あるんだよね。それで兄貴から聞いたの」

そういえば以前麻耶の兄が家業を継ぐため関連会社で修行していると聞いたことがある。
冬夜と仕事のつながりがあるのかもしれないと思うと不思議な気がした。

「総帥の各務大樹がリコール騒動で倒れて今大変みたいだね。建て直しに跡取りの養子だけでなく
家を飛び出した実子まで駆り出されてるって。その実子って各務なんでしょう?」

麻耶の言葉に唯は呆然とした。
跡取りの養子とはおそらく冬夜のことだろう。
各務大樹が倒れた?
そんなのは初耳だった。
冬夜のこんな時期の出張というのもそれが原因なのだろうか。
親との不仲から教職についた一樹がいまさら家業を手伝うというのも意外だったが
梨花との婚約を考えると急に見えなかった線がつながった気がした。



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あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


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