氷中花
66


「出かけるんですか?」

忙しそうにしている冬夜に声をかけるのも悪いかとこそこそと玄関に向かっていた唯は
廊下で鉢合わせしてかえって気まずい空気の中微笑んだ。

「少しだけ。夜の集まりには間に合うようにします」
「そう。気をつけていってらっしゃい」

冬夜にぺこりと軽く会釈すると唯は待ち合わせの場所へと向かうため家を出た。
外気は冷たい。
ポケットに入れてあった手袋をして唯は川べりへと向かった。
鼓動が徐々に早くなるのがわかる。
やがて人影が見えてきた。
男の影だ。
唯の足音に気づいて川面を見つめていた男が振り返る。
冬の日差しに柔らかい髪が茶色く透けて見えた。

「唯」
「あけましておめでとうございます」
「おめでとう。今年もよろしく」

望月和輝は気恥ずかしそうな顔でそう言った。
個人的に会うのはクリスマスイブ以来だった。
終業式の日にも顔はあわせているが当然のように教師と生徒としてしか接していない。
二人は川面に向かい並んで立った。

唯はなんて言いだそうかと考え顔を伏せた。


「気持ち、決まったみたいだな」

俯いたまま言葉を選んでいた唯が和輝の言葉にはっとしたように顔を上げる。

「当り、か。俺ってこんなときばっかり勘がよくて嫌になっちゃうな」

そう言って笑う和輝に唯は泣きそうになったがぐっとこらえる。
和輝の瞳を正面から見ると優しく少し寂しそうな目で唯をじっとみつめていた。

「私、各務先生と、義兄妹じゃなかったんです。おねえちゃんの手紙でそれを知って
わたし、喜んでしまった。和輝さんと付き合おうって思っていたのに。
ごめんなさい。私は和輝さんにふさわしくないです」
「唯」
「和輝さん、前に話してくれたでしょう。好みの子は一途な子だって。私そんなふうには」
「唯は、今も一途だよ」
「・・・」
「一途に、彼を、各務先生を想ってる」
「和輝さん・・・」

寒風に唯の髪の毛が舞った。
零れ落ちる涙は止めることができなくて、拭うことしかできない。
手袋をはずして涙を拭う唯の指を見て和輝が頬を染めくすりと笑った。

「ごめん、サイズあってなかったか」

唯の右手にはめられたままの指輪に気づいたようだ。

「これ・・・」
「あ!捨ててもいいけど返すなよ。返されても困るからな」

慌てたようにそういう和輝に唯にもつい笑みがこぼれる。
どんなときでも唯を笑わせることに関してはこの人より上のひとはいないだろう。
いつも唯を気遣ってくれていた。

「各務先生に泣かされたら、いつでも来い」
「和輝さん」

唯の髪をくしゃりとして微笑む。

「こっちの川でもジンクス作ってこいよ。唯が第一号だ」

和輝の言葉に唯は泣きながらうなずくことしかできなかった。
一緒にここで雪を見るはずだった人。
見たかった人。
その人が唯の背中を押してくれている。

「私、いってきます」

なんとか搾り出した唯の言葉を和輝は頷きながら見守った。
微笑んでいるのに泣きそうな垂れ目が愛しかった。
それでももう、唯は選んでしまったのだ。
進む道を。

この道がどんなに険しくても、唯には進むしかなかった。
たくさんの人を傷つけて、生きてきた。
だから、自分だけが傷つかないなんてそんな生き方を選ぶのはずるいと思った。

しあわせを願うなら、傷ついても進まなければいけないのだと。
唯は自分の中でそう決めたのだった。
川面は冬の日差しを浴びてきらきらと輝いている。
あの日と同じように。



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あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


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