氷中花
67


身内だけの新年会と冬夜に教えられた会場は家からはそう遠くない場所にある洋風建物だった。
ガーデンパーティなどで使われることの多いところで
華やかな中に落ち着きのある調具が美しかった。
各務家の人間がいったいどれくらいいるのかわからないが、
親族といってもかなり広い範囲でのことだったらしい。
唯は人の多さにこれから紹介されることを思うと憂鬱になった。
今日招かれた女性はほとんど和服姿だった。
唯は斎藤家から持ってきた振袖を着ている。
芽衣のものだったが電話して頼み母親から譲り受けた。
若草色に金糸銀糸で華やかな刺繍が施されている。
帯は黒字に金糸菊柄の品のいいもので唯の若さをひきたてているようだった。
芽衣の振袖を着ることで気持ちを後押ししてもらおうと思った。
一樹に会うのは嬉しくて同時にひどく不安だった。

冬夜にエスコートされ会場内に入ったものの、
さすがに当主代理の冬夜は来客の相手をしなければならず
唯は壁の花になっていた。
一樹がくるまで気持ちを落ち着かせようとテラスへ出た。
一月の寒風吹きすさぶ中、外に出る物好きもいなかったようで唯はひとり大きく深呼吸した。
白い息があがる。
着慣れない振袖の帯が苦しかった。




やがて室内に大きなさざめきのような声が沸いた。
一樹が梨花をエスコートして現れた。
長身の二人はその美しい姿からも似合いに見えたが表情はどちらも晴れなかった。

「あけましておめでとうございます」
「まぁまぁ梨花さんおめでとうございます。お話は伺っていますよ」

年配の女性に囲まれる梨花を横目で見ながら耳元で何か呟くと
一樹は梨花を置いてひとり窓辺へと歩いていった。
テラスへ出て煙草を取り出そうとすると、小柄な後姿が見えた。
振り返る少女と目が合った。

「・・・」

二人の間に言葉はなかった。
一樹は目を伏せ煙草に火をつけ冬の空に煙を散らした。
唯はそれをじっとみつめている。


唯の視線に苛立ちを感じたように煙草を吸っていた一樹が顔を上げた。
凍りつきそうなその眼差しで唯を睨むようにしてみる。
冷たく突き放すように感じられたその瞳が今では唯には違って映る。

「中に入っていろ。風邪をひく」

久しぶりに直接かけられた声に唯は嬉しくて泣きそうになってしまう。
良く響く冷たい低音にどうしてこんなにも心惹かれるのか。
唯にはもうその理由がわかっていた。



「各務先生、私とひとつ賭けをしてくれませんか」

唯の突然の言葉に一樹は訝しげな目を向ける。

「俺は今日この場所で婚約発表する男だぞ。そんな男にいまさら何の用だ」

苦々しげに言う一樹に唯は胸が痛んだ。
この婚約は双方望んだものではないということが改めて伝わってくる。

「私も今日各務冬夜の義妹として紹介される予定と聞いています」
「知っている」
「冬夜さんにとっても各務家にとっても大切な集まりだとは思うんですが、
私と一時間だけ抜けていただけませんか」
「どういうことだ」

唯は一樹から目を反らし空を見上げた。
晴れ渡った冬の空は遠い。

「あの川で一時間だけ私と待って欲しいんです」
「何を」
「雪を」

唯の言葉に珍しく一樹はぽかんとした表情を浮かべすぐに呆れたような顔をした。

「・・・今日は一日晴天だ。雪なんて降らない」
「知っています。だから、賭けなんです」

莫迦ばかしい唯の提案に驚きながらもその真剣な眼差しに一樹は冷たい視線を投げかける。
唯の瞳はじっと一樹を見つめ返した。
先にそらしたのは一樹のほうだった。

「おまえが賭けに勝ったらどうするんだ」
「私を選んでください」
「・・・お前は義妹だ」
「それでも」

唯のきっぱりした態度に一樹は困惑する。
斎藤唯という少女はこんなに強かっただろうか。
自分の意思をはっきり伝えられるような娘だっただろうか。
だがこの一年のことを思い返すとそう変えたきっかけのひとつは自分のようにも感じられた。


「雪は降らない」
「降ります、きっと」
「あいつらはどうする。お前にべったりの兄貴や人身御供にされた梨花は」
「二人にも話してあります。賭けのことは」
「・・・そうか」

この晴れ渡った空に急に雪が降るなんて誰も信じていなかった。
唯以外は。
それでも茶番に付き合う気になったのか一樹は煙草を消すと唯の腕を取った。

「わかった、いくぞ」

着物のため歩幅の狭い唯は転びそうになりながらもなんとか一樹についてゆく。
その後姿を冬夜がじっとみつめていた。
ふいに冬夜の隣に梨花が顔を出す。

「驚かせないでください」
「よく行かせたわね。あのふたりを」
「交換条件に惹かれただけです」

苦笑する冬夜を梨花は寂しそうに微笑んでみつめる。

「あんな風にあなたも恋をしてみたかった?」
「・・・僕は誰も愛することはないんですよ。貴女も知っているでしょう」
「私は・・奇跡は起きると信じたいわ」
「貴女がそんなロマンティストとは知りませんでした」

冬夜の皮肉気な笑みに艶然と梨花は微笑み返す。
交わしたグラスの中で赤ワインが大きく揺れていた。



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