氷中花
3
唯の額に、頬に、涙に落ちる口づけ。
そのやさしさに、さらに涙は深まるようだった。
「すべて、洗い流してしまえ」
男の声は呪文のようだった。
唯がずっと心の中で祈っていたこと。
凍えた指を絡めあった。
触れた唇は冷たく、甘かった。
湿ったシャツの匂いは、体温が上がるに連れて男の香水の香りに変わってゆく。
何の香りだろう、これは。
甘く、唯をうっとりさせる。
初めて、唇をかさねた。
ファーストキスは好きな人と。
そんな風にずっと思っていた唯を、唯は消してしまいたかった。
永遠に手に入らないひとだから。
「忘れたいの、ぜんぶ」
男は何も言わず、唯の唇に重ねた想いを深めた。
体中が熱を持つような、熱いくちづけ。
何度も、何度も。
男の執拗なキスは唯の理性を拭い去ってくれた。
熱い身体に触れるのは冷たい指。
その指が肌を辿るたびに、唯は身体がぞくぞくするのを感じた。
唯の誰も触れたことのない部分に触れ、探るように動く。
突きあがる快感の中、激しい痛みが襲う。
「あぁっ」
それでも構わないと、思った。
男の寒さは自分と同じだと思った。
いや、もしかしたら男のそれの方がもっと深いのかもしれない。
こんなに寒そうな眼をした人を唯は知らなかった。
「・・名前、呼んで」
男のかすれるような声に、唯は熱い吐息をこぼす。
「名・・前?」
「かずき・・・」
男の言葉に唯は動揺を隠せない。
よりによって同じ名前なのか、この男とあのひとは。
唯の涙は最初から止まることはなかったが、
「かずき・・」
荒い息の元、ようやくつぶやくように言った唯の言葉に
男は初めて涙をこぼした。
男の中の何かが溶けたようだった。
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