氷中花



入学式はほとんど記憶にない。
唯はぼんやりと舞台を見ていただけだ。
気がついたときには教室に戻っていた。

担任の望月和輝と副担任の大野弘樹が挨拶をした。
女生徒の眼差しは熱い。
優しく柔和な印象の大野に気さくな雰囲気の望月。
どちらも年上の魅力的な男性教師に見えた。

「入学式のときはいたよな?誰かしらないか?」

望月が出欠をとろうとして空席に気づく。
唯の後ろの席だ。
教室は一瞬ざわめいたが誰も知らないようだった。

「大野先生、悪いけど見てきてくれるかな」
「はい」

望月に言われて慌てたように大野は教室を出て行った。
ざわめきに紛れて、あちこちで囁き声が漏れる。
不在のクラスメイトの話題より教師の印象のほうが大きかったようだ。
「かっこいいね」などという周りの黄色い声に唯はつい嫉妬を覚えてしまう。
だが和輝と自分は特別だとまだどこかで思っていたのかと
それに気づかされ自己嫌悪に陥った。
彼から見たら義妹だ。
いまや他の女生徒よりも距離は遠いのかもしれない。
うつむき加減に沈んだ姿をじっと見つめた和輝には気づかないまま
唯のホームルーム一回目は終わろうとしていた。



午前中で終わったので帰宅したのは十二時を少し過ぎた頃だった。
玄関で姉の芽衣が唯を待っていた。
華奢な肩に柔らかそうな髪が揺れている。

「おかえりなさい」
「ただいま」
「あれ?眼鏡どうしたの?」
「うん、ちょっとはずしてる」
「そう。あ、学校どうだった?」
「普通だよ。入学式なんて」
「あら、和輝さんの話よ。学校でどんな感じだったのかなと思って」
「ちゃんと先生してたよ」

それ以上話を続けたくなくて、唯は早足で二階にあがっていく。
部屋の扉を大きな音を立てて閉めると、制服を脱ぎ捨ててベッドに寝転んだ。

(このまま・・・ずっとこうしていくのかな)

唯は自分の気持ちを処理し切れなくてそっと涙ぐんだ。

どこかに消えてしまいたい。
二人のいない世界へ。


おねえちゃんも和輝さんも好きなのに
どうして私の気持ちはこんなに醜いんだろう。

そのまま疲れて少し眠ってしまったようだった。
携帯電話のメール着信音で目が覚める。
時計を見ると二時だった。

ーPM3:00 あのときの場所

男のメモを思い出した。
あの冷たい視線にまた晒されるのかと思うと寒気がはしった。
断罪されているようだった。
憂鬱だが眼鏡は取り返さなければならない。
それから男と和輝が同僚らしいというのも気になった。
すっぽかすわけにはいかないかと、諦めて着替えて外に出た。
四月とはいえまだ風は冷たい。
薄着過ぎたかなと後悔しながらも唯はあの日出会った川へと向かった。





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