氷中花
14


「移動するぞ」

唐突な各務の言葉に、身を預けていた唯ははっとさせられる。
左手に唯の靴を持ったまま唯を抱き上げて各務は部屋をでた。

「歩けます、私」

慌てる唯を一瞥すると各務はそのまま建物を出て、車をもってこさせた。
その間ずっと唯は落ちないように各務にしがみついていた。
見かけより太いその腕は信用に足るものだとわかっていたけれど、
不安が消えなかった。
唯は各務という人間を信用できていなかった。
翻弄され振りまわされてしまう自分を情けなく思った。



唯を助手席に乗せると、車はそのままベイブリッジの側のホテルへと向かった。
ホテルの駐車場からはやはり各務が抱き上げて部屋まで連れて行った。
唯は各務に抵抗することをやめた。
素足のままだ。どちらにしても歩けるものではない。



ベッドに乱暴に唯を降ろすと各務はタイを緩めて唯をみつめた。

「どうしてこんなところに・・私もう帰らないと」

唯の言葉は口付けで消された。
さっきまでの熱が再燃しそうで唯は身を捩った。

「もうやめ・・・」
「仕切りなおしだ。ギャラリーがいたんじゃ集中できない」
「え?ギャラリーって」

各務は冷たい微笑を浮かべた。

「気づいていなかったのか。あいつが見ていたの」
「あいつって・・・」
「紹介しただろう。俺の兄貴だ。母親は違うけれどな」

汚らわしい事でも思い出したかのように各務は言った。
紹介といわれると思い当たる人物は一人しかいない。
各務が唯を「俺の女」などと言ったあの男性か。

唯は背筋がぞくぞくとするのを感じた。
見られていた?あれを。

「どうして」
「お前だったからだろうな」

意地悪な微笑を浮かべると各務は唯の目をみつめたままドレスのファスナーを降ろした。
唯は理解できなくて頭を振る。


「あなたが、わからない」
「わからないほうがいい」


各務は再び唯にくちづけた。
深いキスは今までの中で一番優しいものだった。
唯は自分の気持ちも各務の気持ちもつかめないまま、流されていた。
肌に落ちるくちづけに意味などないのかもしれない。
ただ、いまは各務の強引な腕と甘いこの時間から逃れる事ができなかった。






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あなたの隣氷中花 枯れない花星に願いを Sugar×2太陽が笑ってる


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