氷中花
20


唯の携帯電話からメール着信を知らせるバイブ音が響いた。
制服のスカートからの振動に気づいて唯は「ごめん、ちょっとトイレ」
と一緒に昼休みを過ごしていた若菜、麻耶を残して一人トイレへ移動した。
個室に入り携帯電話を取り出すとメールを確認する。

唯の予想通り相手は各務だ。
各務は先日ホテルの部屋で唯から携帯電話を取上げ、勝手に登録していた。
そのまま任せてしまった唯が同意したととられてもしかたないのだけれど。


ー三時半に迎えに行く。裏で待っていろ。


用件のみの短いメール。
何を着て行こうかとまず考えてしまった自分に苦笑する。
着飾っても各務が喜ぶとは思えなかった。

でも・・・学校帰りの各務はきっとスーツ姿だろう。
一緒にいて浮かない格好はしたかった。

(スーツなんて私は持ってないしなぁ)

悩んだ末姉の芽衣に借りることにした。
以前から姉妹間での衣服の貸し借りはよくあった。
ただ和輝とのことがわかってから唯はなんとなくそういうことを避けるようになっていた。





帰宅するといつもどおり芽衣が「おかえり」とリビングから声をかけた。
リビングに顔だけ覗かせると、唯は芽衣のほうを見た。
ソファで雑誌を見ているようだ。

「ただいま。今日おねえちゃんの服借りてもいい?」

芽衣は久しぶりに妹から話しかけられて嬉しそうに笑った。

「好きなのどうぞ。出かけるの?」
「うん。晩御飯はいらないから」
「はーい。あんまり遅くならないようにね」

唯はそのまま二階へあがった。
自分の部屋へ鞄だけ置くと、姉の部屋の扉をあけた。
いまや姉と和輝の部屋でもあったが。

部屋に入り少し後悔する。
ベッドに並んだ二つの枕を正視できなかった。
目を反らし、そのままクローゼットの方へ向かう。

クローゼットの扉を開くと以前にはなかった男物のスーツも当然のように並んでいた。

(和輝さんの・・・)

唯はそっとそれに手を伸ばし触れた。
顔を近づけると和輝の匂いがした。

涙が零れ落ちて和輝のスーツにぽたんと落ちる。

はっとしたように顔を上げると唯は慌てたように芽衣のスーツを適当にとると部屋を出た。
そこにいてはいけない気がした。

(わかっていたはずなのに)

唯はまだどこかで自分が認めていなかったことに気づいてショックを受けた。


芽衣のスーツは白い春らしいデザインのものだった。
唯とサイズは同じなので気楽だ。
制服からスーツに着替え、鏡の前に立つと急に自分が大人びて見えたような気がした。

(もう少し早く大人になっていたら、私を選んでくれたのかな)

果たされなかった約束を思い出し、唯は胸が痛くなった。
和輝とのことはもう終わっているのに、未練がましい自分が嫌だった。
芽衣にも嫉妬以外に申し訳なさが常につきまとっていた。

各務が誰かの代わりに自分を抱いているというなら、唯も利用させてもらおうと思った。
泣いているだけの自分から抜け出したかった。
各務のことを思い出すと、最近は胸が高鳴る。
強引だが各務の腕の中は心地よかった。
次の恋は諦めていたけれど和輝をふっきることは唯にとって今一番必要なことだった。

(錯覚の恋でもいいじゃない)

各務からのメールの着信バイブ音が机の上で響いている。
唯はバッグに必要なものを詰め込むと、部屋を出た。
いつもよりぴんと伸ばした背筋は唯の決意を物語っているようだった。





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