氷中花
34


「和輝さん!」
「唯・・・」

和輝が扉の前で呆然としていたのはどれくらいの時間だったのだろうか。
おそらくそんなにたっていないはずなのに唯にはそれがひどく長く感じられた。
こくりと喉を鳴らす音が聞こえどきっとする。
最初に沈黙を破ったのは一樹の声だった。

「望月先生、扉をしめてください」

低い一樹の声に和輝が我にかえったようだ。

「彼女に恥をかかせる気ですか」

和輝は青ざめた顔で後ろ手に準備室の扉を閉めると鍵をかけた。
そして白衣に包まっただけの唯を呆然とみつめる。

「まさかと思っていた・・・唯」

和輝の震えるような声に身動きもとれず唯は目をふせた。
どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。

「唯の”カズキさん”が望月先生とは、俺も驚きましたよ」

一樹の冷たい眼差しと声は準備室の温度を一気に下げたように感じられた。
唯はその声に寒気がした。
一樹は怒っているように見えた。

「姉の夫なんです。望月先生は」

唯は慌てたように震える声で一樹に告げた。
その言葉に和輝は目線をさげた。
義兄と義妹という立場は今の二人を表すのに正しかったがそれを認めたくないようだった。
一樹は意外そうな顔で和輝をみつめる。

「義理の妹を迎えに来たようにはみえないけどな」

無造作に机の上に置かれていた唯の衣服を片手で取ると一樹は唯の前に落とし
和輝から隠すように前に立った。

「俺は担任として・・・」
「授業も放り出して?」

一樹の皮肉気な笑みに和輝もむっとしたようだ。

「だいたい・・どうして各務先生が」
「拾ったんですよ、雪の中川べりで」

その言葉に和輝のほうが勢いをなくした。
いつも元気な印象の顔色が明らかに悪くなる。

「・・・行ったのか?」

確認とも問いともわからないような言葉を和輝がつぶやくように言った。
唯は一樹の影に隠れるようにして衣服を整えると震える涙声で何か言った。
くぐもった声は二人には届かなかったようで、
一樹に背をぽんと叩かれて先ほどより僅かに大きな声で再び言った。


「先に約束を破ったのは、あなたなのに」


それ以上言葉は続かなかった。
唯の涙は溢れ準備室にはしゃくるような声だけが響いた。
唯自身どうして涙が止まらないのかわからないという顔をしていた。
途方にくれた子供のような顔の唯を見て舌打ちすると
煙草を消して一樹は唯をひょいと抱き上げた。

「各務先生」

和輝の非難めいた声に美しい顔を歪めると一樹は唯を抱き上げたまま扉に向かった。

「斎藤唯は早退させます。連絡お願いします」

慌てたように和輝が一樹の腕を掴む。

「何を勝手なことを」

一樹は冷たい眼差しで和輝を睨みつけた。
その凍るような視線につい和輝は腕を放してしまう。

「泣いてる女授業に出してもしょうがないだろう」

突き放すようにそう言うと、一樹は鍵を開け準備室を出て職員駐車場に向かった。
準備室に残された和輝は青い顔をしてしばらく俯いたままだった。



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