氷中花
54


唯は校門を通るときに俯いていた。
木曜日は和輝に一樹との逢瀬を目撃され逃げるように早退しなぜか伊豆へ。
そのまま日曜日の朝まで一樹と過ごし帰宅して姉の死を知った。
日曜日の葬式の後、一樹に会いに行ったまま公園で倒れ病院に運ばれ。
月曜日と火曜日は冬夜の家で高熱にうなされていた。
水曜日は忍び込むように私服で登校したものの一樹を置いて和輝の家へ。
本当に自分は何をやっているんだろうと唯は自己嫌悪に陥ってしまう。
一週間ぶりにまともに学校に来た気がして、どうしても気後れしてしまっていた。
クラスメイトに何か聞かれるんじゃないかという不安もあった。
靴箱にたどり着くまでに誰にも会わずに来れたことは唯を少しだけほっとさせてくれた。
上履きを取り出そうと開けると、中に一枚のメモが入っている。
見るとパソコンで印字されたもののようだった。

『昼休みに体育倉庫で 各務』

それだけだった。
だが今の唯には何よりの励ましになった。
昨日の誤解もときたかったし準備室に忘れた携帯電話も返してもらえるはずだ。
胸の中のもやもやが少しだけ晴れたような気がして、俯いていた顔をくいと上げた。
そう、まだ一樹との恋が終わったわけじゃない。
怖いけれど血縁のことをきちんと確認して、もし問題なければこの恋を失わずに済むのだ。
あのときの和輝と芽衣のように自分を卑下して悩む必要もない。
一樹は唯を思っていてくれると信じたのだから。

唯は嫌な事を言われても仕方ないと開き直って上靴に足を入れた。
まだ諦めないで、もう少しだけがんばろうと思った。

朝礼のときに和輝と顔をあわせるのは気まずいかと思ったけれど、
学校では教師と生徒というスタンスを常に持ち続けていた和輝としては例外的な笑顔を向けてくれた。
彼なりに心配してくれているのだろうと唯は安心させたくて微笑み返した。
照れくささもあいまって頬が上気するのがわかったが俯くことしか唯にできることはなかった。
休みが長かったせいか話しかけてくるのは麻耶と若菜だけで他の生徒は遠巻きに見ているようだった。
居心地の悪さは感じたが自業自得という気もする。
唯は詮索されないことを良しと思おうと考えを改めた。
その日の世界史の授業は学年行事のためホームルームになり潰れてしまったが
昼休みになれば一樹に会えるということだけが唯の支えになっていた。
昼休みを告げるチャイムの音に唯は胸が高鳴った。
席を立つと若菜がきょとんとしたような顔で唯を見た。

「今日はお昼ご飯ここで食べないの?」
「うん、まだあんまり食欲ないから。ちょっと用事済ませてきちゃうね」

風邪で寝込んでいたという半分本当で半分嘘の欠席理由はこの場でも役に立ったようだ。
唯は心配そうに見上げる若菜に軽く手を振ると、体育倉庫へ向かった。
いつも会うのは世界史準備室だったので意外に思ったが、ここも人があまり来ないような場所だ。
二人で会うにはちょうどいいのかもしれない。

体育倉庫の鍵は開いていた。
もう一樹が来ているのかも知れない。
事実を確認する不安と会える喜びと胸の高鳴りがどちらからくるものなのか
唯にはわからなくなっていた。
ゆっくり扉を開けると軋んだ音をたてた。
中は薄暗い。

「いるんですか?」

小さな声で呼びかけると体育倉庫の奥で音がした。
そちらのほうへ数歩歩いたときにガチャリと嫌な音が背後で響いた。
振り向くと女生徒の影が見える。

「え・・・?」

暗さに目が慣れるまでに少しかかったが同じクラスの女子が二人そこにはいた。
どちらも派手な印象の女生徒で同じクラスでも唯とは言葉を交わすこともほとんどなかったはずだ。

「染谷さんと高橋さん?」

唯はどうして彼女たちがそこにいるのかわからなかった。
そのとき背後から唯の口元に手が回され振り返ろうとするが遅かった。
そのままタオルのようなものを咬まされる。
やはり同じクラスの女生徒のようだ。
自分に何が起こっているのか唯にはすぐに理解できなかった。
甲高い声が体育倉庫に響く。

「あんたさ、目障りなんだよね。教師に色目使ってさ」
「氷の王子だけかと思ったら望月ちゃんにまで手出してたんだね」

扉の方から聞こえる声に寒気が走った。
彼女たちは自分と一樹の関係に気づいているのだろうか。
和輝とのことは誤解もあるが口をふさがれた唯には弁解する余地はなかった。
金髪に近い内巻ヘアを揺らしながら高橋が唯に近づいた。
制服の胸元をぐいと片手で上げ、唯が息苦しさに声を漏らすが
それはタオルの内でくぐもった音にとどまる。

「少し痛い目見て現実知ったほうがいいんじゃないの」

学生服に不似合いな赤い口元がにやりと笑った。
唯は息苦しさと混乱から彼女たちの目をみることしかできなかった。



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