氷中花
58


十二月に入ると学期末試験の準備で校内全体が慌しい雰囲気に包まれていた。
昼休みも早々に食事を終え参考書を開く生徒が少なくない。

「ねえ、唯ちゃんはクリスマス何か予定あるの?」

試験勉強よりイベント優先なのか若菜だけが相変わらず明るい口調で問いかけた。
唯は和輝の言葉を思い出して頬を赤くしながら「うん」とかるく頷いた。

「デート?!」
「若菜、あんたはデートなの?」

若菜の無邪気なツッコミを軽くそらして麻耶が助け舟を出す。
麻耶は唯を問いただすこともなく、あれから見守ってくれていた。
体育倉庫で唯に暴力をふるった三人にも何か裏で言ったのかもしれない。
麻耶とすれ違うとき必要以上に怯えて見えるのは気のせいではないはずだ。
だが唯もそのことについては麻耶に何も聞いてはいない。

「ふふふ。そう、デートなのよ。クリスマスプレゼント何が良いと思う?
男の人の喜ぶものなんて・・ねぇ」
といいながら何を想像しているのか赤くなったり青くなったりしている若菜のおでこを
麻耶がちょこんとつつく。

「贈る相手の喜ぶ顔想像して選んでみたら?」
「なるほど」

唯は和輝にも何か贈るべきだろうといまさらのように思った。
去年は推薦入試が終わったばかりでおこずかいも少なく、悩んだ末某有名メーカーのボールペンを贈った。
和輝からは唯の好みにあうかわいいブランド物の手袋をもらった。
芽衣との結婚話を聞いてからは封印してしまった手袋だけど。
今も斎藤家のクロゼットの中に箱に入ったまま眠っているはずだ。

「クリスマスプレゼントか」




唯は帰りにデパートに寄ってみることにした。
友達と選ぶのはどこか照れくさくて「一緒に行かない?」という若菜の誘いは断ってしまった。
知り合いになるべく会いたくなくて良く買物をする駅ではなくあえて離れた駅を選んだ。
この駅で降りたのは久しぶりだが、以前は芽衣と何度か買物に寄ったことがあった。
丸井、東急、小田急、ルミネ、109と駅周辺の買物できるビルを思い浮かべて
唯が足を運んだのは東急ハンズだった。
高校生のおこずかいで買えて大人の和輝にも合いそうなものがここにはあるかもしれないと思った。
雑貨やインテリアコーナーなどぐるぐる周りながら唯はクリスマスのことを考えた。
和輝に答えを出さなければいけない。
幸せになりたいのなら受けるのがいいのだろうと頭ではわかっていた。
あれだけ長く想っていた相手だ。
付き合えばきっと素敵な日々が過ごせると思う。
今でも淡い恋心は消えていない。
和輝と一緒に遊びに行くのも楽しいしドキドキすることもある。
だけど、まだ胸のどこかで引っかかるものがあった。

一樹が結婚する相手が誰なのかと思うと辛くて眠れない夜もある。
なるべく考えないようにと思ってきたが今のように和輝のことを考えると連鎖してつい思い出してしまう。

ふぅと小さくため息をつき、お茶でも飲んで気分転換しようとエレベータに乗って降りることにした。
平日の夕方なのにクリスマス前という時期のせいかエレベータ内は混雑していた。
押されるように乗り込むと奥にいた人にもたれるような形になってしまい、
唯は「すみません」と慌てて顔をあげようとした。
だが後ろから押す人の圧力で体勢を変えることも出来ない。
エレベーターが二階に移動途中、急に明かりが消え、がくんと大きく揺れて止まった。

(え・・?なに)

中に乗っている人たちが各自で声をあげて騒ぎ出したが、状況は変わらない。
真っ暗な中、次第に目がなれてきたが唯の目の前は男性のコートの腕部分のままだ。
ふいに男性が唯の背に腕を回し抱き寄せたように感じたが、この状況下なので気のせいかもしれない。
痴漢だったらどうしようと思いながらも唯は相手の腕の中で懐かしい香りを感じた。

(これ・・・一樹さんと同じ香水?)

同じ香りがしただけなのに。
それなのに胸が高鳴るとは自分は本当に酷い女なのかもしれないと唯は思った。
さっきまで和輝と付き合うことを考えていたばかりなのに。
前の男性との間に距離を置こうと思い身をずらそうとしたが、
抱き寄せられたと感じたのは気のせいではなかったようだ。
唯の背に男の腕がある。
「唯」とごく小さな声で擦れるような低音が耳に響いたのは気のせいだったのだろうか。
聴きたい声を想像し続けて幻聴まで聴こえるようになってしまったのだろうか。
真っ暗な中唯は身動きが取れずにいた。




「ただいま停電のため一時的に電気の供給が止まっております。予備電源で間もなく復旧する予定です。
お客様には大変ご迷惑をおかけしております。もうしばらくお待ち下さい」


館内アナウンスがエレベータ内にも聞こえてきた。
ざわめきの中ほっとした空気になる。
唯は状況が好転することに安堵はしたものの今の体勢を考えると安心もしていられなかった。
一樹だと思いたくなる自分に自己嫌悪しながら明かりがつくのをただひたすら待った。


電気がつき、エレベータも動き出した。
急な明るさに目がしばらく慣れない。
目の前は男物のコートのはずだ。
視界がチカチカする中、エレベータは二階についた。
アナウンスがあったとはいえエレベータ内に閉じ込められた客の不安感は相当なものだったのだろう。
いっきに中にいた人たちが出口に押し寄せる。
唯も当然のように押し出されたが抱き寄せていた男の力で弾き飛ばされるようなことはなかった。
ぎゅっと一度強く抱きしめられたあと、そっと離される。
唯は目線を上げようとしたが人ごみに揉まれ、小柄なせいか柱の方へ押し出されてしまった。
大勢の後姿の中で、どうしてあれが彼だとわかってしまうのだろうと唯は泣きたくなった。
人ごみの中でその姿はすぐに見失ってしまったけれど。
自分の白いコートに残る移り香に気づいて、唯はしゃがみ込んでしまった。

(どうして・・・)

涙が止まらないのをどうすることもできず、唯はしばらくそうしていた。



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